レンジローバーは豊かな生活を演出する魔力が備わっている。アメリカで航空宇宙技師として働き、運命の巡り合わせでレンジローバーを手に入れたオーナーに話を訊いた。
「どうしてこれほど古いクルマが好きなのか、誰もわからないの」と笑うのは、スペースX社でファルコン9ロケットを担当する宇宙技術者のエリース・タリー。ユタ州の田舎町に暮らしていた少女は、4歳から家族や友人を困惑させるほどクルマに興味をもっていた。自宅のガレージに放置された不動のBMWの運転席でハンドルを握ったり、母とガレージの外に押して出して洗車したりと、とにかくクルマに夢中だった。
16歳で運転免許を取得後は、さらにクルマ熱が加速した。古いジープに続き、2台目にはランドローバー・ディスカバリーを購入。本当はレンジローバーが欲しかったが、ユタ州の田舎町では滅多に見ることのないクルマ。大学在学中に地元の中古車売買サイトで見つけたレンジローバーは手が届かない価格だった。
気落ちして行きつけのカフェに出掛けると、なんと店の前にそのレンジローバーが駐車されている!即座に所有者と話し、試運転もさせてもらうが2000ドルという値段は、当時のタリーには無理な金額だった。悶々とした気持ちで帰宅した彼女がポストで見つけたのは、通っていた大学からの授業料超過支払い分2000ドルの小切手入り郵便だった。
こうした運に恵まれて翌日にレンジローバー・クラシックを手に入れた大学生は、授業をすっぽかしユタ州の名所、ボンネビル・ソルトフラッツへ初ドライブに出かけた。干上がった塩湖の幻想的な広原で心ゆくまで疾走した。
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そんな運命の出合いをした1990年式レンジローバーの愛称は、大好きな俳優のヴィゴ・モーテンセンからとった「ヴィゴ」。もちろん、いまも所有する。連邦政府が管理する広大な土地が広がるユタ州は、クルマでオフロードを走ることが許されている。赤土の原野や岩山を自分のリスクで駆け巡ることができるのだ。
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妥協せず手作業で、自分好みの走破性とデザインを追求する
「私の友だちはオフロード車に興味がなかったから、付き合ってくれる人は少ないの。危険だけど単身で出掛けることもあった」というタリー。修理もチューニングもすべて自分の手で行う彼女は、地元ランドローバーのサービス部メカニックたちとも親しくなり、ときには修理方法を教えてもらったり、特殊工具なども貸してもらったりする関係になった。
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「幼い頃から古い目覚まし時計やタイプライターが好きで、解体して修理するのが得意だったの。古いものは正直だから、仕組みがわかって、部品があれば、きちんと直る」と言う。
「仕事を除けば、いつもクルマのことばかり考えている。次はなにをしよう、どこに行こうかと。ヴィゴは大切な友達で、数日でも離れれば淋しく、たぶん一生手離せない存在」
タリーは時間を見つけては、近くの山や砂漠にヴィゴと出かける。次に目指す目的地は故郷ユタ州にあるオフロード車乗りの聖地「モアブ」。愛車ヴィゴとさらなる限界に挑む予定だ。
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※この記事はPen 2022年9月号「レンジローバーで走れ!」特集より再編集した記事です。