一目惚れした男への報われない愛を描き、痛いほど刺さると話題を呼んだ映画『愛がなんだ』(2019年)。イタいヒロインに自虐的な冷めた視点を盛り込んで共感を集め、日本アカデミー賞・新人俳優賞を受賞したのが女優、岸井ゆきのだ。𠮷田恵輔監督による最新出演作『神は見返りを求める』では、愛よりも視聴者からの“いいね”のために猛進するYouTuberゆりちゃんを演じる。
合コンで知り合ったゆりちゃんとイベント会社勤務の田母神(ムロツヨシ)。再生回数が増えないゆりちゃんを“見返りを求めない神”のごとく田母神が誠心誠意サポートする。ふたりの間に恋心が芽生える物語かと思いきや、彼らの関係は欲や嫉妬、怒りといった激情に絡め取られてゆく。
「今回はゆりちゃんが変わっていくさまを見せるのが面白くて仕方なかったんです。正しくは彼女が変わるというより、YouTuberとしてちょっと有名になって、あたしいける!と思った瞬間、『さらなる“いいね”をつかむためならなんでもやる女』という正体を現す。豹変というより、化けの皮が剥がれるんです」
終盤の壮絶な展開の後、彼らが対面する場面が映画のクライマックス。そこで岸井が見せる艶めいた表情が本作の白眉といえる。
「ほしいものはなにがなんでもつかみにいく。人を傷つけるとわかっていても、必要ないものはバッサリ拒絶する。自分で演じて愛着があるからなのか、そんなゆりちゃんを最悪な女と切り捨てることができないんです。私自身は絶対にゆりちゃんのようになりたくないけれど、むき出しで生きてるのがちょっとかっこいいなと思ったんです。でも、𠮷田監督の作風ですから、ちゃんと代償は払うんですけどね。『神は見返りを求める』は、いろいろな登場人物に自分をねて不安になれるブラックコメディだと思っています(笑)」
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アジアの映画づくりに興味、合作映画にも挑戦したい
今回YouTuberを演じた岸井だが、本人はいままでYouTubeにまったく関心がなかったという。
「昔のライブ映像を時折見るぐらい。インスタは少しだけ。私がどういう思いで映画づくりに励んでいるか、そして出来上がった映画を見てほしくて。また、誰かの見るきっかけになればいいなと思って、自分の出演作以外の映画についてもアップしています」
取材の数日後、彼女のインスタには、去る3月に突然の訃報が映画界を揺るがした青山真治監督の『ユリイカ』を観たことが記されていた。モノクロ・シネマスコープサイズの迫りくる映像に心つかまれ、終映後も「映画の続きを生かされている」と書きつけている。
「映画も、映画館も本当に大好きで。高田馬場の映画館で組まれたケリー・ライカート特集に行って、やっぱりいいなぁって思ったり。ハリウッド大作も好きですが、ケリーやミカエル・アースの作品、マーレン・アデとか、日常を絶妙に切り取る作品に惹かれますね」
大きな黒い瞳をクルクルさせながら表情豊かに話す姿がなんとも愛らしく、目が離せなくなる。そんな岸井は少女の初々しさをたたえたまま、若手の演技派に成長し、今年でデビューから13年目を迎えた。
「最近は時間的に難しいですが、以前は休みができたらすぐにベトナムやマレーシアとか、独りで海外に行っちゃって、周りの人をすごく心配させていました(笑)。でもそれは私にとって、感情やその他すべてを日本に置いて、新しいなにかをつかみに行く旅、そして違う場所の生きものに会いにいく旅。その土地の演劇を見たり、友達をつくったり、かけがえのない時間なんです。最近は、ドラマで共演したディーン・フジオカさんから中華圏やインドネシアの撮影現場の話を聞いて、アジアの国の映画づくりに興味をもちました。フランスで『真実』を撮った是枝監督は、カンヌ映画祭で受賞した『ベイビー・ブローカー』で韓国の俳優さんと組まれています。合作映画、私も挑戦してみたいですね!」
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WORKS
映画『愛がなんだ』

OLのテルコ(岸井)の世界は、一目惚れしたマモちゃん(成田凌)抜きには回らなくなり……。愛とはなにか?幸せとはなんなのか?を問いかける究極の片想い映画。
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フォトエッセイ『余白』 NHK出版
30歳の女性としてのあるがままを「今しか手元にとどめて置けないもの」として残した初のフォトエッセイ。飾らない言葉で紡がれた53篇のエッセイと自然な表情の撮り下ろし写真に加え、秘蔵スナップも。7月15日発売。
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映画『神は見返りを求める』
『ヒメアノ~ル』『空白』の𠮷田恵輔監督がムロツヨシと岸井ゆきのをキャストに迎え、見返りを求める男と恩を仇で返す女の心温まりづらいラブストーリーを描く。TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイント他にて公開中。
※この記事はPen 2022年8月号より再編集した記事です。