【小山薫堂の湯道百選】第六九回“湯は、生きものである。”

  • 写真:杉本 圭
  • 文:小山薫堂

Share:

〈鹿児島県霧島市〉
妙見石原荘

1-KS100404.jpg

京都に豪華な湯室をもつ風呂道楽の友人に「日本でいちばん好きな温泉は?」と尋ねたら、「妙見石原荘」と即答された。

鹿児島空港からクルマでわずか15分、里山の風情を残す妙見温泉は明治の頃より湯治場として栄えてきた。豊かな湯を主役にする姿勢はそのままに、料理と空間を磨き上げたラグジュアリーな宿が「妙見石原荘」である。霧島山系から流れ出る天降川(あもりがわ)の渓流沿いに1万坪の敷地を有し、そこに点在する源泉は実に7カ所にもなる。そのすべてが自噴する湯のかけ流しである。

そしてなにより、湯の扱い方が素晴らしい。ナトリウム・カルシウム・マグネシウム-炭酸水素塩泉をなるべく新鮮な状態で、つまり炭酸成分が抜けないようにするため、それぞれの源泉の近くに個性の違う風呂を設置。56℃とやや高温の源泉を薄めないよう、山水を利用した熱交換器で適温に冷まし、空気に触れさせることなく浴槽に注いでいる。「ここの湯は鮮度が違う」という印象を受けたのだが、その理由を聞いて驚いた。湧き出して1時間以上経った湯を浴槽に残したくない、そのために源泉の湧出量から逆算して、それぞれの浴槽の大きさを決めているのだという。

「椋(むく)の木」と名付けられた露天風呂に浸かった。炭酸の衣に包まれ、川のせせらぎと鳥のさえずりに耳を澄ますと、もつれていた心が少しずつほどけ始めた。自分のいのちが、地球のいのちに癒やされるような感覚。湯は生きている、と改めて思った。

3-KS100391.jpg
妙見石原荘は、1966年に創業。滞在中は種類の違う川沿いの風呂も愉しむことができる。霧島火山の恵みである温泉と地の素材を使った四季折々の食事を存分に堪能できる。

2-睦実の湯.jpg
建築家、中村好文が手がけた貸切露天風呂「睦実(むつみ)の湯」。入り口から湯船まで「の」の字を描きながら下っていくアプローチが特徴的。

妙見石原荘

住所:鹿児島県霧島市隼人町嘉例川4376番地
TEL:0995-77-2111
料金:¥25,000~(1泊1室2名利用時の1名料金)
www.m-ishiharaso.com

関連記事

※この記事はPen 2022年7月号より再編集した記事です。