【小山薫堂の湯道百選】第六八回“湯は、心に恩を刻む。”

  • 写真:杉本 圭
  • 文:小山薫堂

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〈山口県長門市〉

長門湯本温泉 恩湯

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恩は感謝の先にある……「恩湯(おんとう)」に浸かっていると、ふとそんな言葉が降りてきた。山口県長門湯本温泉の共同浴場・恩湯。開湯の神話は600 年前まで遡る。この地を鎮めてきた大寧寺(たいねいじ)第三世住職・定庵殊禅(じょうあんしゅぜん)はある夜、境内で住吉神社の神と名乗る老人に出会った。住職はその老人に仏教を伝授し、錦の袈裟を贈る。すると老人はその恩に報いるため、温泉を湧出させ、竜に姿を変えて天に登って行った、という。こうして誕生したのが長門湯本温泉であり、その魂とも言える恩湯は、住吉大明神の像が祀られ、大寧寺が源泉権を所有している、まさに神仏習合の珍しい浴場なのだ。

温泉街を流れる音信川(おとずれがわ)に面した源泉の上に恩湯は建っている。2020年、地元老舗旅館の代表である大谷和弘さんを中心とする街の有志が恩湯を地域創生の拠点として全面改装。神から授かった湯を目で味わいながら入浴してもらうため、岩盤がむき出しの自然湧出する設えにした。深い浴槽に身を沈め、岩盤の上に鎮座する住吉大明神を拝みながら究極の純温泉に浸かる。岩盤を伝ううちに39℃の適温となpH9以上の湯はトロトロの肌触り。長時間浸かっていると、神の衣に包まれているような気分になる。

湯と向き合うことで感謝の気持ちを育む湯道にとって、これほど素晴らしい道場はない。しめ縄が張られた岩盤から潤沢に湧き出す湯に思わず手を合わせたくなる。感謝で終わらせず恩に報いるとはどういうことか、自然と考える自分がそこにいた。

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街の中心を流れる音信川沿いには、春には桜が咲き誇り、夏には蛍が舞い、四季折々の表情が楽しめる。

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JR新山口駅からクルマで約1時間。山口県最古の温泉である長門湯本温泉。大谷和弘さん(右)は、1881(明治14)年創業の旅館「大谷山荘」の5代目にあたる。恩湯の施設デザインは、建築家の岡昇平さんによる。

長門湯本温泉 恩湯

住所:山口県長門市深川湯本2265番地
TEL:0837-25-4100
営業時間:10時~22時 
休業日:第3火曜(祝日の場合は翌日)
料金:¥800
https://onto.jp

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※この記事はPen 2022年6月号より再編集した記事です。