「大人の名品図鑑」ジャズの巨人編 #5
アメリカのニューオリンズが誕生の地と言われるジャズ。「スイング」「ビバップ」「フリー」など、めまぐるしくスタイルを変えながら何度も黄金期を迎え、その流行は世界的なものになった。今回はそんな歴史をもつジャズ界の巨人たちが身につけた名品を辿る。
「チェット・ベイカーの音楽には、紛れもない青春の匂いがする。ジャズ・シーンに名を残したミュージシャンは数多いけれど、『青春』というものの息吹をこれほどまで鮮やかに感じさせる人が、ほかにいるだろうか?」
ジャズに詳しい作家の村上春樹は『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)のなかでチェット・ベイカーをこう評する。
チェット・ベイカーは1929年にアメリカ中部のオクラホマに生まれる。本名はチェズニー・ヘンリー・ベイカー。父親はプロのギタリストで、母親もピアノを弾くといういわば音楽一家だった。最初に父親に買ってもらったのはトロンボーンだったが、その後トランペットに転向。十代で徴兵されたチェットは、軍楽隊員としてドイツに駐屯したこともある。50年代にサンフランシスコに駐屯するようになると、地元のジャズクラブでセッションに参加するようになり、除隊後の52年6月には「ビバップ」の開祖、チャーリー・パーカーの西海岸ツアーに抜擢。同年7月にはジェリー・マリガン・カルテットに参加し、一躍注目を浴びる。当時のジャズの雑誌『メトロノーム』の読者人気投票では、54年、55年と連続して1位を獲得、マイルス・デイヴィスをも上回る人気を得ていたというから驚くではないか。
チェットの大きな特徴は「歌う」ことだ。ジャズの父、ルイ・アームストロングも「歌うトランペッター」だったが、ルイはアクの強い「ダミ声」が魅力だった。一方、チェットの歌は、上手いか下手かはともかくとしてメロウでとても聞きやすい。味があり、心に響く。スタンダードナンバー、ときにはロックの名曲まで歌っているが、どれも彼流のジャズに仕立てている。彼の声を「中性的」と表現するジャズ評論家もいるくらい。しかしそんな彼の声の聞きやすさが普段はジャズを聞かない層にまで響き、当時、人気を集めたのだろう。
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トレードマークは白いTシャツ
チェットはジャズ演奏と同じように、スタイルも魅力的だ。前述の『ポートレイト・イン・ジャズ』で村上は「ベイカーはジェームズ・ディーンに似ている。顔立ちも似ているが、その存在のカリスマ性や破滅性もよく似ていた」と書く。歳を重ねてからは、チェットは少し、いやかなり渋くなるが、青年時代は本当に美少年風。彫りが深く、髪をリーゼント風にして、どこかアイドル風。いつも白いTシャツ姿でトランペットを握っている。彼が軍隊に長くいたこともあるのだろうが、白いTシャツはまるで彼のトレードマークのように見える。その点でも村上が書くように、赤いブルゾンにTシャツが代名詞となったジェームズ・ディーンと似ている。
50年代の彼の写真を集めてみたら、チェットは一般的なカットソーのTシャツ以外に、同じ白でもニット素材のものを着用していたことを発見した。現代流に言えば「ニットT」といったところだろう。やや短めの袖の半袖スタイルで、クルーネックタイプ。リーゼントヘアー、筋肉質のボディによく似合っている。ニット素材のTシャツを選んだのは、当時の流行りや彼が本拠地にしていたアメリカ西海岸の乾いた風土も影響しているのだろう。しかし実に洒落て見える。
今回紹介するのは、英国で1874年に創業されたジョン スメドレーのニットTシャツだ。英国王室のロイヤルワラントをもち、ニットを作り続ける老舗らしく希少なシーアイランドコットンを使って30ゲージで編んだもので、極上の肌触りと洗練された印象を醸し出す。このモデルは従来よりも着丈を若干長くし、首回りのリブ幅を調整することで、より首に沿うようにアップデートさせたTシャツ。袖周りもスッキリとさせているので、一枚でお洒落に着られるようなバランスに仕上げられている。オーソドックスな色も揃っているが、チェットが愛用していた白もつくられている。お洒落なチェットがいま生きていたら、必ずや選んでいたに違いないニットTシャツだ。
最後に彼の映画に触れておこう。チェットを描いた映画『ブルーに生まれついて』(15年)で、チェットを演じたのはイーサン・ホークだ。彼の絶望と再起が描かれた作品で、彼がジャズ界で置かれた状況が上手く描かれている。また晩年の彼を撮ったドキュメンタリー映画もある。『レッツ・ゲット・ロスト』(88年)だ。監督はファッション写真家としても知られるブルース・ウェーバー。ヴェネチア映画祭で批評家賞を獲得している。この映画を撮影した翌年、チェットはオランダのホテルの2階から転落して亡くなる。作品は死後まもなく封切られ、彼が再評価されるきっかけとなった。その悲劇的な最後も、ジェームズ・ディーンに似ている。
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