「大人の名品図鑑」ジャズの巨人編 #4
アメリカのニューオリンズが誕生の地と言われるジャズ。「スイング」「ビバップ」「フリー」など、めまぐるしくスタイルを変えながら何度も黄金期を迎え、その流行は世界的なものになった。今回はそんな歴史をもつジャズ界の巨人たちが身につけた名品を辿る。
ジャズピアノの巨人、ビル・エヴァンスは日本でも多くのファンをもつ。私もその一人だ。ピアノ・トリオという新しいジャズのスタイルを創造し、『ワルツ・フォー・デビイ』(61年)のようなメロディアスな曲もあるので、ジャズビギナーでも聞きやすい。しかし入りやすいが奥が深いのも彼の特徴。マイルス・デイヴィスの名盤『カインド・オブ・ブルー』(59年)は、エヴァンスの演奏なくしては成立しなかったとも言われている。
ビル・エヴァンスは1929年8月16日、アメリカのニュージャージー州に生まれる。本名はウィリアム・ジョン・エヴァンス。典型的な中流家庭で育ち、2歳年上の兄ハリーとともに教会でピアノに触れる。高校に進むころには“近所で評判のピアニスト”として知られるようになる。『ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄』(中山康樹著 河出書房新社)によれば、15歳になるころには「エヴァンスにプロ・ミュージシャンとしての自覚はなかったかもしれない。だがピアノを弾いて報酬を得るようになっていた」と書かれている。『ジャズの巨人 02 ビル・エヴァンス』(小学館)でジャズ評論家の後藤雅洋は、「チャリー・パーカーの一世代下、マイルス・デイヴィスの弟分という立場」と書くが、彼のジャズ界で置かれていたポジションをよく表している。
その後、エヴァンスは徴兵されるが54年には除隊。同書には「ビパップ」から「ハード・バップ」へと移行するジャズ黄金時代の55年、ジャズの中心地ニューヨークに進出したと書かれている。58年にはマイルスのバンドに抜擢され、59年に前述の『カインド・オブ・ブルー』をマイルスとともにつくり上げる。翌年バンドを脱退したエヴァンスは、ベースのスコット・ラファロ、ドラムのポール・モチアンとピアノトリオを結成し、『ポートレイト・イン・ジャズ』(60年)や『ワルツ・フォー・デビイ』(61年)を完成させた。
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多くのジャズミュージシャンに愛された眼鏡
このころのエヴァンスのスタイルと言えば、いつもトラッドなスーツにネクタイをタイドアップ。きっちりと髪を撫でつけ、セルフレームの眼鏡がアイコンとなった。名盤『ポートレイト・イン・ジャズ』(60年)のアルバム写真も見てもわかるように、タイトル通り彼のポートレイトのよう。端正な表情で、こちらを見つめているような印象を受ける。しかもエヴァンスは、スタンウェイ社のピアノにまるで祈りを捧げるように身体を折り曲げながら演奏する。2015年には『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』というドキュメンタリーが公開されているが、そんな彼のピアノ演奏が観られるだけでなく、彼を知る人々の貴重な証言が収録されたエヴァンスファンには堪らない作品だ。
前述のアルバムなどで、エヴァンスの印象を決定付けた眼鏡は果たしてどこの眼鏡だろうが? 諸説あるが、アメリカンオプティカルの「ジャズ」という眼鏡が有力。トラディショナルな「ウェリントン」タイプで、エヴァンスをはじめとして当時多くのジャズミュージシャンに愛用されたことから、この名称になったという。今回紹介するのは、日本の産地、福井県鯖江市に拠点を置くブロス ジャパンが手掛けるアイウエアブランド、BJ CLASSIC COLLECTIONが復刻させた「ジャズ」というモデル。エヴァンスがこの眼鏡をかけていたころはアメリカではセルロイド製のフレームがブームを巻き起こしていたが、その後、セルロイドは可燃性等の問題で使われなくなり、安価で耐久性がある素材へと変わってしまった。今回の復刻では同ブランドの創立15周年を記念して、黄金期のセルロイド素材のままデザインされ、一点一点、手づくりで製作されている。エヴァンスファンはもちろん、クラシックな眼鏡好きには見逃せないモデルだと断言できる。
イメージチェンジを図ったのか、実はエヴァンスのファッションは70年代に激変する。「まるでハワイから帰ってきたような」派手なスポーツジャケットを愛用、フリルの付いたシャツまで身につけ、髪も伸ばし、顎に髭を蓄えるようになる。そのころには眼鏡も変え、ときにはティアドロップ型のフレームまでかけるようになる。これは70年代という時代背景も影響しているかもしれない。それでも静謐な彼のピアノの音はまったく変わらず、多くのジャズファンを魅了した。1980年9月15日、ニューヨークの病院で、肝硬変などの合併症によって51歳で亡くなる。ジャズピアノの天才は、ジャズの黄金期を足速に駆け抜けていった。
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