映画監督のウェス・アンダーソンにまつわる、こだわりのファッション・アイテム5選

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
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カリスマ的な人気を誇る映画監督、ウェス・アンダーソンの待望の新作『フレンチ・ディスパッチ』がついに日本でも公開された。雑誌づくりをテーマにした今回の映画を彩る数々の名品と、ファッション好きとしても知られる監督自身の愛用品を紹介する。

ウェス・アンダーソンにまつわる名品① ローファー

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モデル名は「シグニチャーローファー #180」。フランスのリモージュの工場でグッドイヤーウエルト製法を用いてつくられる。アッパーにはボックスカーフ、ベジタブルタンニン鞣しされたソールが使われている。ちなみにジェイエムウエストンはソール用に自社のタナリーを持つ唯一のシューズメーカーである。これは編集長が履いたと思われる「ダークブラウン」という深い色合いの茶。¥121,000(税込)/ジェイエムウエストン

昨年のクリスマスイブ、12月24日に日本で公開されたのが『キングスマン:ファースト・エージェント』。日本でも高い人気を誇る「キングスマン」シリーズの3作目となる作品だ。今回は世界最強のスパイ組織キングスマンの誕生秘話。前2作のプリクエル=前日譚ということで、舞台は打って変わって1914年のヨーロッパに。

『グランド・ブタペスト・ホテル』(14年)や『犬ケ島』(18年)などでカルト的な人気を誇るウェス・アンダーソン監督の長編10作目となる映画が公開された。タイトルは『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(以下『フレンチ・ディスパッチ』)。フランスの架空の街アンニュイ=シュール=ブラゼに編集部を構える、米国新聞社の支社が発行する『フレンチ・ディスパッチ』誌。国際問題からアート、ファッション、美食までを扱い、50カ国で50万人に読まれる人気雑誌だった。ところが名物編集長が心臓麻痺によって急死、彼の遺言によって、この雑誌は廃刊を迎えることになる。編集長の追悼号にして最終号に掲載される、編集長同様、いやそれ以上に“クセ強すぎ”のジャーナリストたちが書いた「自転車レポーター」「確固たる名作」「宣言書の改訂」「警察署長の食事室」の記事ができる過程をオムニバス形式で見せる。巴里のアメリカ人、いやフランスのアメリカ人、ウェス・アンダーソンのフレンチカルチャーと活字文化に対するラブレターとも言える作品に仕上がっている。

「NO CRYING(泣くな!)」──『フレンチ・ディスパッチ』誌の創刊者にして編集長アーサー・ハウイッツァー・Jrがいつも口にする言葉。アーサーを演じるのがウェス作品に欠かせない俳優のひとり、あのビル・マーレイだ。

【続きはこちらから】映画『フレンチ・ディスパッチ』でビル・マーレイが履いた、ジェイエムウエストンのローファー

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ウェス・アンダーソンにまつわる名品② ペイント柄Tシャツ

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「育てるシャツ、遊べるシャツ」がこのTシャツのテーマ。Jo Takahamaが描いたアートをそのままプリントしたものだが、作品が巨大なので、Tシャツによってプリントの柄には個体差がある。まさにアート。素材は超ヘビーウエイトのコットン100%で、国内縫製。これはビッグシルエットのモデル(サイズはLとXLの展開)で、裾に2本のドローコードが付く。定番的なシルエットを持つドローコードなしのモデルは、¥13,200(税込)。SとMのサイズ展開。¥16,500(税込)/ノットイコール

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(以下『フレンチ・ディスパッチ』)のストーリー1である「確固たる名作」は画家と絵画の物語だ。

服役中の凶悪犯にして天才画家のモーゼス・ローゼンターラーを演じるのは、クセの強い俳優のベニチオ・デル・トロだ。モーゼスは裕福な家に生まれるが、若いときに心を病み、殺人を犯して50年の刑に服すことになる。しかし、服役中に突然に絵筆を取り、看守シモーヌ(レア・セドゥ)をモデルに絵を描き始める。その絵に目を付けたのが、同じく囚人で画商のジュリアン・カダージオ(エイドリアン・ブロディ)。モーゼスを美術界に売り出し、彼は大きな注目を集めることになる。モーゼスはある時期からひとつの作品にかかりきりになり、カダージオにスケッチ一枚すら見せようとしない。果たしてどんな新作は完成するのだろうか……。

意外なことに、ベニチオ・デル・トロがウェス作品に起用されるのは本作が初めて。「ベニチオ・デル・トロで映画を撮ることは念願であった。天才画家というキャラクターもずっと温めていたもので、何年も前にずっと書きたいと思っていた、画家についての脚本を書きました。このエピソードの一部はそれがベースになっている」とウェス・アンダーソンは話す。モーゼスのモデルはジャン・ルノワールが監督した『素晴らしき放浪者』(32年)で、ミシェル・シモンが演じた主人公ブデュ。デル・トロはその映画を何度も観て、役のイメージをつくったという。

一方、看守シモーヌを演じたレア・セドゥは『グランド・ブタペスト・ホテル』以来2度目の出演。007シリーズでは連続してボンドガールに起用され、ルイ・ヴィトンのアンバサダーとしてフレグランスのCMにも出演するなど、日本でも人気が高い女優。そんな彼女が出演した『美女と野獣』(14年)のように、髭だらけのモーゼスのミューズとして物語に登場してくる。ほかの作品なら主役級の俳優が続々と登場するのも、ウェス作品の大きな魅力だろう。

【続きはこちらから】映画『フレンチ・ディスパッチ』の天才画家を想起させる、ペイント柄Tシャツ

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ウェス・アンダーソンにまつわる名品③ バイカラーソックス

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履き口、踵、つま先と色が違った切り替えのデザインはまさにコーギ。しかも履いたときも脱いだときも楽しくなるようなカラフルな配色。このモデルはハイゲージで編まれているので、光沢があり、肌触りも滑らか。つま先を職人によるハンドリンキングで仕上げているので、履いたときのアタリもない。極上のソックスだ。各¥3,850(税込)/すべてコーギ(ホームステッド)

若き天才映画監督ウェス・アンダーソンの新作は、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イブニング・サン別冊』(以下『フレンチ・ディスパッチ』)。同名の架空の雑誌にまつわるエピソードをオムニバス形式でまとめるという手法を取っている、彼らしい作品だ。

急死した編集長の追悼号を飾った4つのエピソードに先駆けて、「自転車レポーター」と題された導入部がある。名物編集長のアーサー・ハウイッツァー・Jr(ビル・マーレイ)が愛したフランスのアンニュイ=シュール=ブラゼ(雑誌同様に、これも架空の街)を、無鉄砲な同誌の記者エルブサン・サゼラックが自転車に乗ってレポートする様子が描かれている。この記者を演じたのが、ウェス作品に欠かせない俳優のオーウェン・ウィルソンだ。

1968年、テキサス州ダラスで生まれた彼は、大学在学中にウェス・アンダーソンと出会う。そして彼と共同で執筆した脚本が『アンソニーのハッピー・モーテル』(96年)として映画化されている。また『天才マックスの世界』(98年)や『ザ・ロイヤル・テネンバウム』(01年)の脚本も執筆しており、『ザ・ロイヤル・テネンバウム』ではウェスと一緒にアカデミー脚本賞にもノミネートされた。もちろんほかの映画でも活躍しているが、ウェス・アンダーソンとは一心同体のような間柄だ。

自転車乗りのレポーター役を演じたオーウェンは、フランスらしいベレー帽にジップフロントのセーターの組み合わせ。合わせた深いグリーンのパンツをハイソックスの中にたくしこんだ、クラシックな自転車乗りのスタイルというのも、フランスらしくて洒落ている。

映画のエンディング近くで彼が編集部で靴を脱ぐ場面があるが、彼が履いていたハイソックスは、本体とつま先の色が違う、バイカラータイプ。たぶんこれは英国を代表するニットブランドであるコーギ製ではないだろうか。同ブランドはバイカラーソックスを得意としていて、ハイソックス(英国流にはホーズと呼ぶのが正式)も昔から生産している。ファッション好きで知られるウェス・アンダーソン。しかもこの作品の衣裳を担当したのが、完璧なことで知られる映画衣裳デザイナーのミレーナ・カノネロだから、こういうところには絶対に手を抜かないだろうというのが、私の勝手な憶測だ。

【続きはこちらから】映画『フレンチ・ディスパッチ』でオーウェン・ウィルソンが履いた、コーギのバイカラーソックス

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ウェス・アンダーソンにまつわる名品④ ワラビーブーツ

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2枚の革を使ったアッパーと厚めの天然クレープソール。独特のモカシン構造で縫われたスクエアなつま先のデザインが特徴。「メイプルスエード」と呼ばれるベージュはウェス・アンダーソンがいちばん履いているカラー。¥26,400(税込)/クラークス オリジナルス

映画監督ウェス・アンダーソンのファッション好きは有名だ。最新作の『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(以下『フレンチ・ディスパッチ』)と同じくミレーナ・カノネロが衣裳デザインを担当した『グランド・ブタペスト・ホテル』(14年)では、出演者のほとんどの衣裳フィッティングに彼も立ち会ったと言われている。その映画の事前のフィッティングに立ち会えなかった出演者のひとりが、マルチクリエーターの野村訓市だ。その際、PANTONE社の色見本が送られてきて、その色のスーツを用意するように言われたと『ユリイカ』(青土社)の2014年6月号に書かれている。なんという細かさだろう。

そんなウェスがこよなく愛している服が、ベージュ系のコーデュロイのスーツだ。これはニューヨークのマンハッタンにある行きつけのテーラー、Mr Nedであつらえたもので、彼は年間200日もこのスーツを着ているという。彼のポートレイト写真を集めてみると、ほとんどこの色のスーツを着ている。余談になるが、Mr Nedの2代目オーナーであるVahram Mateosianは、ウェスが監督した『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』(01年)の衣裳にも協力していると言われる。また09年に公開されたアニメーション映画の『ファンタスティック Mr.FOX』では主人公のMr.フォックスが、彼と同じコーデュロイのスーツを着る。ウェスはアニメで同じ素材を再現するために、自分のスーツを切ってクリエーターに渡したと聞く。その後でもう一着同じスーツを仕立てたらしいが、どれだけこのスーツ、この素材、この色をウェスは好きだったのだろう。

【続きはこちらから】ウェス・アンダーソンのスーツの足元は、いつもクラークスのワラビーブーツ

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ウェス・アンダーソンにまつわる名品⑤ チェックシャツ

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パリ屈指の名店シャルベのレディメイド=既製モデル。それでも十分シャルベの素晴らしさが味わえる。素材は起毛されたコットンフランネル。創業当初からあった、ゆったりとしたシルエットを採用。オーバーサイズで着てもいいだろう。ウェスもよく愛用するニットタイももちろん用意されている。シャツ各¥60,500(税込)、ネクタイ各¥23,100(税込)/すべてシャルベ

ニューヨークの76丁目にザ カーライル ローズウッドホテルがある。5つ星の超高級ホテル。世界中に顧客をもち、最近ではウィリアムズ王子とキャサリン妃が宿泊して有名になったニューヨークを代表するホテルだ。映画監督で俳優のウディ・アレンが、このホテルの「カフェカーライル」で毎週月曜日にクラリネットを演奏することで知られている。このホテルを舞台にしたドキュメンタリー映画『カーライル ニューヨークが恋したホテル』(18年)に、ウェス・アンダーソンが"ウェス組"のビル・マーレイ、アンジェリカ・ヒューストンと共に出演している。たぶんニューヨークの定宿にしているのだろう。

「一握りのホテルを除いてはどこも様変わりする。僕は昔に戻った気分に浸りたい。ここはそうさせてくれる」

この映画でカメラに向かって話すウェス。イエローのシアサッカー(このときはコーデュロイではなかった)のスーツにタッターソールのチェックシャツとニットタイというスタイルでインタビューに答えている。お洒落なチェックシャツだと思って調べてみたら、彼が愛用するのは最新作の『フレンチ・ディスパッチ』(22年)の舞台でもあるフランスを代表する老舗、シャルベのシャツだった。

【続きはこちらから】
ウェス・アンダーソンが愛用する、シャルべのチェックシャツ

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