「大人の名品図鑑」ウェス・アンダーソン編 #2
カリスマ的な人気を誇る映画監督、ウェス・アンダーソンの待望の新作『フレンチ・ディスパッチ』がついに日本でも公開された。雑誌づくりをテーマにした今回の映画を彩る数々の名品と、ファッション好きとしても知られる監督自身の愛用品を紹介する。
『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(以下『フレンチ・ディスパッチ』)のストーリー1である「確固たる名作」は画家と絵画の物語だ。
服役中の凶悪犯にして天才画家のモーゼス・ローゼンターラーを演じるのは、クセの強い俳優のベニチオ・デル・トロだ。モーゼスは裕福な家に生まれるが、若いときに心を病み、殺人を犯して50年の刑に服すことになる。しかし、服役中に突然に絵筆を取り、看守シモーヌ(レア・セドゥ)をモデルに絵を描き始める。その絵に目を付けたのが、同じく囚人で画商のジュリアン・カダージオ(エイドリアン・ブロディ)。モーゼスを美術界に売り出し、彼は大きな注目を集めることになる。モーゼスはある時期からひとつの作品にかかりきりになり、カダージオにスケッチ一枚すら見せようとしない。果たしてどんな新作は完成するのだろうか……。
意外なことに、ベニチオ・デル・トロがウェス作品に起用されるのは本作が初めて。「ベニチオ・デル・トロで映画を撮ることは念願であった。天才画家というキャラクターもずっと温めていたもので、何年も前にずっと書きたいと思っていた、画家についての脚本を書きました。このエピソードの一部はそれがベースになっている」とウェス・アンダーソンは話す。モーゼスのモデルはジャン・ルノワールが監督した『素晴らしき放浪者』(32年)で、ミシェル・シモンが演じた主人公ブデュ。デル・トロはその映画を何度も観て、役のイメージをつくったという。
一方、看守シモーヌを演じたレア・セドゥは『グランド・ブタペスト・ホテル』以来2度目の出演。007シリーズでは連続してボンドガールに起用され、ルイ・ヴィトンのアンバサダーとしてフレグランスのCMにも出演するなど、日本でも人気が高い女優。そんな彼女が出演した『美女と野獣』(14年)のように、髭だらけのモーゼスのミューズとして物語に登場してくる。ほかの作品なら主役級の俳優が続々と登場するのも、ウェス作品の大きな魅力だろう。
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Jo TakahamaのアートがプリントされたTシャツ
抽象的な絵画(映画ではフレンチ・スプラッター派のアクション絵画と説明されている)を描くモーゼスの囚人服は、いつも絵の具だらけ。それが妙にアーティスティックに見えるのがウェス作品のお洒落なところだ。
最近、カスタム化した雰囲気を演出するためか、わざと服にペンキを散らしたようにハンドペイントしたアイテムも、いろいろなブランドから毎シーズンのようにつくられている。しかし今回紹介するのは、アーティストが自ら描いた絵をモチーフにしたプリントTシャツだ。東京・千駄ヶ谷にあるBLANDET SHOWROOM&STOREで扱われている東京発の謎の集団ノットイコール(NOT≠EQUAL)の製品で、表裏全面にプリントされたアートが、映画に登場したモーゼスの絵を想起させる。
実はこのアートを描いたJo Takahamaには重い障がいがあって、歩くことも座ることも、話すこともままならない。一枚の絵を描くのにもそうとうな労力と時間を要するという。しかし、できあがった絵には驚くようなパワーとメッセージ性が備わっている。BLANDET SHOWROOM&STOREを運営する宮本哲明さんは、散歩中にたまたまこのTシャツを見つけ、魅せられてしまい、自分の店でも扱うようになったと聞く。Jo Takahamaが描くアート作品が元になっているが、プリントされた絵柄にも固体差があり、まさにオンリーワンの存在感を放つ。一枚で“もっていかれる”、そんな個性は、ウェス・アンダーソンの作品にも通じるのではないだろうか。
映画の話に戻ると、「確固たる名作」の案内役を務めた美術界のジャーナリスト、J.K.L.ベレンセンを演じたのはティルダ・スウィントン。ウェス作品では『ムーンライズ・キングダム』(12年)、『グランド・ブタペスト・ホテル』(14年)にも出演している俳優だ。実は映画に登場した壁に描かれた連作は、彼女の実際の伴侶である芸術家サンドロ・コップが2か月半かけて描いたものだという。「神は細部に宿る」ではないが、小道具まで一切手抜きはない。映画をこれから観る方は、そんな由来をもつ絵画も見逃してはならないだろう。
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問い合わせ先/ブランデット ショールーム&ストア︎
https://www.instagram.com/blandet_tokyo/
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