小川珈琲の最先端に立つ新店が京都市内にオープン!「100年続ける」深い決意を現地で体感した

  • 構成・写真・文:高橋一史

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2022年2月11日(金)に京都市中京区にオープンする、新コンセプトの「小川珈琲 堺町錦店」。

京都市内だけでも6店舗を構える小川珈琲が創業70周年の今年、新コンセプトの旗艦店を市内にオープンさせる。聞けば、東京に2店舗あるラボラトリー(研究所)の名を持つ実験的な店とも発想がまったく異なるという。「築100年以上の町家を改装した」との事前情報だけでも期待が高まるその店「小川珈琲 堺町錦店」(以下、堺町錦店)を、準備期間中に体験してきた。まず結論を言うと、観光客も地元の人もラグジュアリーな気分に浸れ、趣味人の肥えた眼も舌も満足させる空間に仕上がっている。老舗がチャレンジした懐かしく新しい味のコーヒーと、ハイセンスなプロたちが協業した内装とが共鳴し合う店のディテールを、ここでじっくりとご覧いただこう。

京都市の中心に出店

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中庭から光が差し込む朝11時の光景。店内奥にも別部屋が続いている。
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吹き抜けエントランス横の階段下には、木工職人の梅本俊明に特注した木製の花瓶が鎮座する。

コーヒー文化が根付く京都には、3大名店とされる老舗がある。小川珈琲、イノダコーヒ、前田珈琲である。それぞれ京都市内を中心に多店舗展開している地域密着の存在だ。このうち全国でもっとも名が知られているのが小川珈琲だろう。社のビジネスの主軸が家庭用のコーヒー豆販売であり、コーヒーに関心がある人なら誰でも名前に覚えがあるはず。その小川珈琲は近年、出店や製品づくりで新しい試みに次々と着手している。そして創業70周年の節目に、地元における改革の先駆けとして設けたのが堺町錦店である。店の名称は市内の他店と同じ「小川珈琲」。市民に愛されてきた小川珈琲スタイルを突き詰めて進化させた最新版だ。

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階段を上がる2階フロアはフリースペース。フロアスタッフのサービスはなく客が自由に使える。
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奥の壁の作品は京都在住の黒谷和紙作家ハタノワタルによるアート「積み重なったものシリーズ」。和紙をベースに土や顔料などが練り込まれた闇の世界。

店がある場所は、京都の中心部に位置する京都市のなかでも、さらにど真ん中にある商業エリア。京都駅からの鉄道最速ルートなら、地下鉄烏丸線で2駅先の四条駅で降り、徒歩6分ほどで行ける。「京の台所」と言われ食べ歩きの観光名所でも知られる「錦市場」のすぐ近くだ。この一帯は近代的な建物の並びの合間に日本家屋が顔を出す通りで、祇園から清水寺に至るような古い町並みとは風情が異なる都会である。堺町錦店は伝統は受け継ぐものの懐古趣味でなく、現代の日本的感性に基づく店なのだ。

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未来を見据えた小川珈琲のシンボル

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窓から眺めた景色を絵に見立てる「借景」のように、中庭を掛け軸の構図で切り取って撮影。
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岩の上でテラリウムのごとく植物が生息する現代の和のオブジェを手掛けたのは、東京を拠点にするボタニカルアレンジメンツの「TSUBAKI」。
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33種類もの植物が共生する小宇宙。水が染みる岩が土台なので、このまま生き続けられる。


コーヒーに支出する金額と数量が全国1位とされる京都(※総務省統計局による18〜20年度の家計調査平均)。堺町錦店の近隣にも町家を改装した「ブルーボトルコーヒー 京都六角カフェ」、サードウェーブ系の「ウィークエンダーズコーヒー 富小路」らの人気店がある。「イノダコーヒ 本店」も同じ堺町通り沿いだ。しかし今回のプロジェクトを取り仕切る常務取締役・宇田吉範は、堺町錦店は他店を意識した出店ではないと話す。
「小川珈琲の考え方は、自分たちがいいと思ったものを売るプロダクトアウト。伝わる相手の層が狭くても、深く伝えることが大切だと思っています」
それでは新店が目指すものは何なのだろうか。
「我々が1990年代から続けてきたエシカル、サステナブルの取り組みを伝えることです。オーガニック、フェアトレードといった生産者や地球環境に配慮した社の姿勢を打ち出す初めての店になります。『100年先も続く店』をテーマに、持続させる店として誕生させたのが堺町錦店。伝統はそれが生まれたときには斬新なものだったでしょう。その考え方で古い町家を建て壊しせず活用し、現代のクリエイティブなモノづくりを取り入れました」
フードは地産地消でなるべく京都産の素材を使い、コーヒーはエシカルやオーガニックなものだけを扱う。さらにもうひとつ、「小川珈琲では初めての挑戦」と宇田さんが語るのが、ネルドリップでの抽出だ。

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奥に長い町家の構造を活かした改装で、1階フロアは中庭を挟んで2部屋にわかれる。
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奥の部屋の天井の様子。元々の梁や板張りを残しつつ、年月が経った表面を白い風合いにリノベート。

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特徴は濃くまろやかなネルドリップ

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エントランスに並んだコーヒー豆。堺町錦店が扱うのはエシカルやオーガニックでネルドリップに適した深煎り・中煎りの8種類の豆が中心。

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ハンドでネルドリップする技量を持つ堺町錦店のリードバリスタ山田真理。子供の頃から家庭で小川珈琲の豆のコーヒーを飲み、本店で働いてきた生粋の小川珈琲好きだ。

堺町錦店の主軸メニューは、ネルドリップで抽出するコーヒー。昔ながらの抽出方法を採用した理由は主に3つある。①洗って何度でも使う布製のネルは、使い捨てない持続可能な道具であること。②京都人が小川珈琲でイメージする濃い味を抽出するにはネルが最適なこと。③ネルドリップは小川珈琲の他店でやっておらず、新たな挑戦なこと。
湯通りが早いネルドリップは、バリスタに高い技能が求められる難しい抽出。そこで堺町錦店では、ハンドドリップは優れた技能を持つ限られたバリスタだけが行い、日本の店では現在ここにしかない抽出マシン「TONE」を導入。水流、温度などを細かく設定できるこのマシンで、ボディがしっかりして雑味なくマイルドなコーヒーを実現させた。これにより客は常に安定したネルドリップを味わうことができる。ただし小川珈琲チーフバリスタの吉川寿子によると、
「素晴らしい道具です。でも素人が使えるのではなく、温度も水流もベストの設定を知る経験者によるコントロールが必要です」
とのこと。ハイテクマシンも結局は使う人しだいなのである。

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中央のマシンは国内初導入となる最新エスプレッソマシン「Dalla Corte Zero」。カプチーノなどのエスプレッソドリンクにも力を注ぐのが小川珈琲のモダン発想だ。左がネルドリップ用の「TONE」。
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ネルフィルターを置くスタンドは、堺町錦店専用に制作したオリジナル。下に重ねるデジタルスケールと土台の金属板の寸法をぴったりと揃え、スケールと一体化しているように見せた巧みなデザイン。

抽出で使うスタンドもハンドルつき金具も、ネルフィルターもオリジナルで制作したもの。金属スタンドをデザインしたのは、店の内装を手掛けた建築・インテリアデザイナーの佐々木一也。ネルフィルターは店全体のクリエイティブ・ディレクレターを務めた南貴之が受け持った。この日に店に来ていた南さんが、こっそりと舞台裏のエピソードを明かしてくれた。
「内装は佐々木さんがばっちりやってくれたから僕としては問題なかったけど、今回何がたいへんだったかといえばネルの制作ですよ」
ファッションブランドのグラフペーパーを主催して服づくりのため地方の工場を巡る南さんをしても、苦労多きプロダクトだったようだ。
「オーガニックコットンによる新しいフィルターが、小川珈琲から求められた課題。ネル製造屋さんに行って話を聞き、必要な要素を探りました。堺町錦店の専用道具の大きさに合わせてつくった様々なサンプルで抽出してみたら、おいしいコーヒーにならずにすべてボツ。ようやく上手くできたネルも、毎日店で行うプロセスで煮沸消毒したら縮んでしまい再びつくり直し。縫製も市販品よりきれいに縫ってくれるところを探しました」
同席していた佐々木さんも、ネルフィルターを置く金属スタンドを金物業者に発注した精密な図面を見せて説明してくれた。微妙な角度や長さの工夫で、使う人へ配慮されている。彼は今回、TONEマシン専用のスタンドも手掛けた。使いやすく美しい道具へのこだわりで二人の目線は共通している。店を訪れたさいには目の前で行われるコーヒー抽出の裏側に、一流のプロたちが頭を悩ませた仕事が息づいていることを思い出してみよう。

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左が南さん渾身の、メッシュが細かいオーガニックコットンのネルフィルター。上部が頑丈な麻で縁取られている。右のネルハンドルもオリジナルで、ともに店内で購入可能。フィルター ¥500(税込)、ハンドル ¥4,000(税込)

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パンとコーヒー、それが京都人の定番

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上の写真はドリンクメニューの一部。フェアトレードの紅茶、京都・和束産の日本茶、スムージーらのソフトドリンク、アレンジコーヒーらの豊富なラインアップ。価格がリーズナブルなのも気が利いている。

パンとコーヒー。この黄金比のセットを愛する京都人のために、「100年先も食べ飽きない、毎日食べられる食パン」を販売しフードメニューの軸に据えている。ネルドリップのコーヒーと、オリジナル食パンが堺町錦店の2大看板だ。京都で採れる地産地消の小麦粉でおいしいパンをつくるため、評判のパン店「ル・プチメック」の創業者の西山逸成に開発を依頼。ブームを呼んだ砂糖やクリームを入れた生食パンと異なる、素直な味わいの自信作が完成した。

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もっともベーシックな「炭焼トースト 糀バター」(ドリンクつき 税込¥780)。パンの種類は「京都産小麦食パン」「全粒粉食パン」の2種類から選べる。
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白ボディが小粋な、調理スタッフが着用するカットソーのプルオーバー。バリスタとフロアスタッフのユニフォームは白シャツだ。
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炭火マシンでわずか30秒で両面を焼き上げる。短時間で焼くことでパンの水分が封じ込められ、しっとりとした仕上がりに。

トーストを前提に開発された食パンを焼き上げるのは、熱源が炭火でグリルとオーブンを同時にできる高熱マシン「ジョスパー」。ステーキハウスなどでも使われるマシンだ。実は堺町錦店の食パンは、店内奥の専用部屋で毎日つくられている。
調理する厨房は客席に面する壁に横長の窓があり、作業の様子を客に披露。フードメニューを監修したのは、東京・代々木上原で大人気のフレンチ・ビストロ「メゾンサンカントサンク」らを手掛けたシェルシュ代表の丸山智博だ。調理スタッフいわく、
「ソースもジャムもつくるし……ここでつくらないものを探すほうが簡単なほど何でも厨房でつくりますね」
朝7時から11時のモーニングメニューだけでも、「九条ねぎとしらすの玉子サンドイッチ」(ドリンクつき 税込¥1,300)、「京都ぽーくボンレスハムのクロックムッシュ 赤玉葱ジャム添え」(ドリンクつき 税込¥1,200)らのそそられるものばかり。京都に行ったら朝イチでここを訪れ、地元民に混じって贅沢な空間のなかでゆっくり時を過ごしたい。

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堺町錦店の正面。小川珈琲の新たな試みとなる看板商品の食パンがディスプレイされている。食パンの購入価格は、京都産小麦食パン 1/2本 ¥600(税込)、全粒粉食パン 1/2本 ¥700(税込)。

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重みが増す夜の顔つき

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2階への階段途中から眺めた夜の堺町錦店。通常時の営業は20時までで、付近のコーヒー店と比べると遅め。
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中庭も夜になるとライトアップされる。雪が降る寒い日だとさらに風情が増しそうな佇まい。
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観光地の祇園へと続く大通りの四条通りから一歩曲がった路地は、夜になるとさらに穏やかな空間に。

暗い時間帯の表情も知りたくて夜に再訪したら、大きくムードが異なる空間が広がっていた。日中とは違った沈み込むような奥行きが感じられる。私的には自然光が差し込み内装の上質さが際立つ日中が好みだが、人それぞれだろう。
このたびの店体験で関わる人たちの話を聞き強く印象に残ったのは、新しいことに挑戦する熱い思いだった。あたかもベンチャー企業のような心意気で、老舗ならではの信頼感をフル活用している。この店のキーワードは「つくる」だろう。各界の第一線で活躍するクリエイターたちの仕事の集積でもある。小川珈琲のシンボルとして店を長年輝かせるには、これからも変化させることが要になりそうだ。温故知新で常につくり続けたら、2122年に盛大な堺町錦店の100周年アニバーサリーパーティが開催され、京の街を沸かせているかもしれない。

小川珈琲 堺町錦店

京都府京都市中京区堺町通錦小路上る菊屋町519-1
営業7時〜20時(ラストオーダー 19時30分)
TEL:075-748-1699
不定休
www.oc-ogawa.co.jp/nishiki/

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高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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