心地よい音で空想の旅へと誘う、多彩なサイケデリック・ポップ

  • 文:木津 毅(ライター)

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1980年生まれ。サヴァス&サヴァラスへの加入を経て、スフィアン・スティーヴンス主宰のレーベルよりエラード・ネグロ名義でデビュー。前作『ディス・イズ・ハウ・ユー・スマイル』は世界各国で評価される。本作で7枚目。© Nathan Bajar

【Penが選んだ、今月の音楽】

エクアドル移民の両親のもとに生まれ、ニューヨークのブルックリンを拠点に活動するエラード・ネグロことロベルト・カルロス・ランゲ。彼は、かの地の音楽シーンの豊穣さを象徴するようなミュージシャンだ。自身のルーツであるラテンアメリカ音楽からの影響をふんだんに取り入れてドリーミーなベッドルーム・ポップに継ぎ目なくミックスし、2カ国語で歌う彼のスタイルは、多様なバックグラウンドをもつ人が集う街の空気をナチュラルに体現している。

ラテン・フォークとシンセ・ポップをなめらかに融合させて絶賛された前作『ディス・イズ・ハウ・ユー・スマイル』から2年ぶりとなる本作は、ヒップホップ的ブレイクビーツが気持ちいいソウル・チューン「Gemini and Leo」をはじめとして、さらに音楽性を拡大したアルバムだ。フォークやエレクトロニカ、ジャズ、ヒップホップ、アンビエントといった幅広い要素を重ね合わせながらも散らかった内容にならず、あくまでも温かく心地よいサイケデリック・ポップに仕上げている。ゆったり鳴らされるアコースティック・ギターの演奏とともにシンガーのケイシー・ヒルと親密なデュエットを聴かせる「Wake Up Tomorrow」、ストリングスがエレクトロニック・サウンドと交わる「La Naranja」など、どの曲もささやかな工夫と優しい音色に満ちている。

パンデミック直前にニューヨークを離れ、テキサスの辺境地であるマーファの砂漠を訪れた経験が、本作のインスピレーション源になっているという。自然の中に身を置いたことで内なる心の動きに敏感になり、このやわらかな音の響きを立ち上げた。それは、都市での忙しい日々を忘れさせるかのように鳴っている。物理的な移動が困難になっているいまだからこそ、イマジネイティブな旅を想起させるこの音楽は、多くの人の心を穏やかにするだろう。

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『ファー・イン』エラード・ネグロ 4AD0399CDJP ビート・レコーズ ¥2,420

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