Apple Watchの進化の歩みと影響を、ITジャーナリスト林信行と振り返る。【後編】

  • 談:林 信行
  • 構成:高野智宏

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誰からのメッセージかを確認し、必要なら簡単な返しをする。Apple Watchは、軽やかな情報のやり取りを広めてスマートフォン(iPhone)依存をなくそうという意図のもとに開発された。

スティーブ・ジョブズ没後に登場した初めてのApple製品である、Apple Watch。前編ではテクノロジーの枠組みを超えてファッション性を打ち出した戦略をとった意外性、新しいデバイスをつくる上でのデザイン性について語ってきた。後編では、「スマホ依存からの脱却」と「ヘルスケア」という、Apple Watchが新たにつくり出した潮流について語っていきたい。

コンセプトとなった、スマートフォン依存からの脱却。

私がデザイン以上に革新的だと感じたのは、Apple Watchが最先端のデジタル機器ながら、スペックや機能ではないところをアピールした点だ。これまでのデジタル機器といえば、CPUの処理速度やメモリ容量などを競うスペック至上主義だったのに対し、Apple Watchのコンセプトはまったく異なっていたのだ。

そのコンセプトとは「いかにしてiPhoneに触れる時間を軽減するか」ということ。世界中で「スマホ依存症」が叫ばれていた当時、iPhoneによりスマートフォン文化を開拓したAppleが、その戦犯的な存在としてメディアから叩かれていたことも、コンセプト立案のきっかけになったことは想像に難しくない。

腕を長時間上げ続けるのは体勢的にも辛い。Apple Watchでの情報の確認や入力は、ともかく短時間で完了することを重視。「グランス(”チラっと見る”の意味)」と呼ばれる一画面完結の簡易操作が基本になっている。現在のApple Watchでは、通知機能やアプリそのものが、5年前のグランスに近いかたちへと進化している。

iPhoneをはじめとするスマートフォンへ手をのばすきっかけといえば、電話やメールの着信がその大半だろう。静まり返った会議室にスマホからの着信音が鳴り響き、あわてて鞄の中を漁った記憶は誰にもあるのではないか。しかし、その通知が手首に届けばどうか。電話の着信にもあわてずワンタッチで留守電に切り替わり、メールも最初の数行が表示されるため、スマートフォンを取り出し急ぎのメールかどうかを確認する必要がない。ユーザーに必要以上の焦りを感じさせず、必要最低限の情報をクールにお知らせしてくれるため、情報への執着を生まないのだ。

スマホをそのまま手首に着けるような発想だったそれまでのスマートウォッチに対し、Apple Watchが担った役割は、ユーザーとiPhoneとの間にワンクッションを置き距離感を遠ざけるということ。Apple Watchの着用により情報を増やすのではなく、いかにして減らすかというコンセプトが斬新だったのだ。

健康面までサポートする、ウェアラブルデバイスの可能性。

Apple Watchは最初のバージョンから心拍計を搭載。日々の生活の中での心拍数の変化を自動で記録し、急な心拍の乱れなどがある際には本人に教えてくれる機能も搭載。海外では医療系研究機関の調査などにも使われ始めており、簡単な心電図をとる機能も搭載された(日本では規制の対象となり、心電図機能は日本語化されているにもかかわらず利用できなくなっている)。

身に着けることで、常に身体の状態をログしてくれる。

ファッション性と並んでApple Watchの成功要因となったのは、ヘルス系のサポート機能であることは言うまでもない。私がTwitterでこの機能に関連したツイートをすると、「ヨガには欠かせないアイテムです」「呼吸(注:深呼吸を促す機能のこと)大事」といったツイートが6、7件寄せられるほどだ。また、いまではApple Watchと身体データを共有できるトレッドミルなどのトレーニング器具が開発されるほどの広がりを見せている。

実は健康サポート機能の開発にあたり、Appleは社内に秘密のスポーツジムを設置。心拍数や肺活量などを計測するセンサーを着けた複数の社員が、長期間にわたり激しいエクササイズを課されていたという逸話が残っている。


Appleの本社内に秘密裏につくられたスポーツジムでのトレーニングを伝えるニュース。(参照元:ABC News)


そんな社員の努力のかいもあり搭載された心肺数計測機能は、常にユーザーの心拍数をチェック。いまでは、通常よりも高い(もしくは低い)心拍数を検知するとアラートが表示され、自身の心臓の状態を可視化できるまでに進化している。

Apple Watchには心拍数の乱れを検出する以外にも、命を守る多種多様な機能がある。iPhoneが操作できなくても救急電話をしてくれる機能、たとえば転倒した後、しばらく反応がないと自動的に救急機関に連絡をしてくれる機能などはその代表例。毎年、大勢の命がApple Watchによって救われている。

緊急事態を知らせ、命を救った時計。

2017年には、Podcastのプロデューサーが「Apple Watchにより命が助かった」と報告。当時は心拍数の異常を検知する機能はなかったが、「Heart Watch」という心拍数計測のアプリが異常を検知。病院で検査を受けると、医師から「もう少し遅かったら手遅れだった」と告げられたという。

以降、「私もApple Watchに命を助けられた」という報告が相次ぐようになり、Appleも、SOSボタンを押すと119番など各国の緊急通報番号へダイヤルしてくれる「緊急通報サービス」や、転倒を検知すると無事かを問い合わせ、反応がない場合には自動的に緊急連絡を行う「転倒検出」などの機能を次々に実装した。

またシリーズ4からは、心電を取れる「ECG機能」が搭載(日本では未認可)。万が一の時のセーフティ機能を備えた、これまでの時計はおろかスマートウォッチにもない”命を救う時計”として存在感を発揮している。

”Sitting is the next smoking”(座りっぱなしは喫煙と同じくらい身体に悪い)。北欧では1990年代には言われていたことだが、2010年代からシリコンバレーでも、このトレンドが広がった。いまではApple Watchを通して、世界の人々が”座りっぱなし”に注意をし始めている。

Apple Watchは、万が一の時ばかりではなく、日常の健康をサポートする機能も備えている。アメリカNo.1の知名度を誇るフィットネス・インストラクターを社員に迎え、プロデュースさせた「アクティビティ」は、日常生活の中に無理なくエクササイズを取り込むよう促し、「カロリー」は1日の目標消費カロリーをステップアップしていく仕組みだ。そして「スタンド」は、着席状態が長時間続くと「そろそろ立ち上がりましょう」と、軽い運動を促してくれる。

自宅でテレワークを行っている人のなかにも、これらApple Watchの健康サポート機能により、日々のエクササイズの必要性に気づかされた人もいるだろう。また、こうした状況だからこそ、Appleもこれまで以上に「健康」に関する機能に注目するのではないだろうか。それは先頃、AppleとGoogleとで新型コロナウイルス感染者との接触を確認するための追跡ツールを共同開発する旨が発表されたことからも、にわかに感じ取れるのだ。

この状況下にあって、2020年も例年通り9月に新型のApple Watchが発表されるかどうかは、現時点では不透明だ。しかし、それまでには世界全体でコロナ騒動が沈静化し、そして、健康を含めた夢のある新機能を搭載した新型Apple Watchが無事、発表されることを願ってやまない。