「準備はどう?」と質問されて「順調です」と答えてはいけない

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    「準備はどう?」と質問されて「順調です」と答えてはいけない

    NewAgeCinema_ru-iStock.

    質問こそが成功への鍵とよくいわれるが、重要なのはむしろ「応答力」。質問だけでは何も生まれないし、会話の主導権を握るのは質問ではなく答えだという。言語学者のウィリアム・A・ヴァンス博士が説く「答え方の戦術」

    いまアマゾンで「質問」あるいは「聞く」というキーワードで検索してみると、質問の重要性を説き、「良い質問」のテクニックを紹介する書籍がずらりと並ぶ。ミリオン突破のベストセラーから、医師のための技術書など、とにかく質問こそが成功への鍵を握るのだと訴えてくる。

    その一方で、「答え方」に焦点を当てた本は、ほとんどない。しかもこれは、日本にかぎったことではないらしい。

    本来、会話というのは「問い」と「答え」がそろってはじめて成り立つもの。だから、「質問力」と同じくらい「応答力」も磨く必要があるのではないだろうか。

    そう唱えるのは、言語学者で認知科学者、そしてビジネス・コミュニケーションの権威でもあるウィリアム・A・ヴァンス博士だ。米イェール大学ビジネススクールなどで教鞭を執り、東アジアの人々に特有のコミュニケーションにも精通しているヴァンス博士は、日本の読者に向けたビジネス英語術に関する著書をいくつも発表している。

    だが新著の『答え方が人生を変える――あらゆる成功を決めるのは「質問力」より「応答力」』(神田房枝・共著、CCCメディアハウス)は、英語によるコミュニケーションを前提としたものではない。言語に関係なく、グローバルに使える「答え方の戦術」がテーマだ。

    そもそも、なぜこれほど「質問力」がもてはやされるのかと言えば、それは、ソクラテスをはじめとする賢人たちがこぞって質問の重要性を強調してきたからだという。もちろんヴァンス博士も、質問力は無用とは言っていない。だが、より重要なのは応答力のほうだと主張する。なぜなら、質問だけでは何も生まれないからだ。

    質問をされた時にどう答えるか、その答え方が人生を左右し、あるいは成果を生む。そしてそれは、他人とのコミュニケーションにおいてだけではない。

    質問だけではイノベーションは起きない

    本書では映画『ビューティフル・マインド』の1シーンが引用されている。「ナッシュ均衡」でノーベル経済学賞を受賞した数学者、ジョン・ナッシュの自伝的映画のなかで、彼がそれをひらめいた瞬間のシーンだ。

    友人たちとバーを訪れたナッシュは、同じく数人で来店した女性たちのグループを見て、こんな質問が頭に浮かぶ――「ぼくたち全員が、バーにいる女性の一人ひとりと確実にデートできる方法とは?」。

    この手の質問なら、だれでも一度は頭に浮かんだことがあるはず。当然、ナッシュ以外の数多の数学者たちだって、同じように思ったことがあるに違いない。しかし、そこからノーベル賞に値する答えを導き出したのは、ナッシュただひとりだった。

    ビジネスでも、あらゆることに疑問を抱き、「なぜ?」「もしも?」「どうすれば?」と問い続けることで新しい独創的なアイデアが生まれてくる、とされている。多くの優れた起業家たちも、そうやって世界を変えるイノベーションを起こしてきたのだ、と。

    質問はきっかけにすぎない

    だが実際のところ、質問は、大発見やイノベーションの「可能性」「きっかけ」を与えてくれるにすぎない。疑問が浮かんだだけではノーベル賞を取れないし、いくら「なぜ?」という質問を繰り返したところで、問題を解決するアイデアがなければイノベーションは起きない。

    これが「質問の限界」だとヴァンス博士は言う。

    《そしてこの限界は、「質問」と「答え」の力関係の宿命だ。「質問」はトピックを提供するだけであって、そこから論点を決定し、その後の行動や思考を形成していくのは「答え」と決まっている。
     だから質問がどんなにすばらしかったとしても、それは夢のような可能性を提案してくれるだけであって...(略)...良い質問も、答えのための優秀なお膳立てに過ぎず、その可能性を生かすも殺すも、あくまでも相手の答え方次第と言わざるを得ない。(30~31ページ)》

    質問から「リープ」し、価値ある情報を追加する

    こうしたことは、日常的なコミュニケーションにおいても言える。どんなに質問力を磨いて、「相手の話を引き出すテクニック」を駆使しても、相手が単純な答えしか返してくれなければ会話は広がらない。つまり、会話の主導権を握っているのは、いつでも答えなのだ。

    言い換えれば、どんな質問であっても答え方がうまければ、不毛に終わったかもしれない会話を、建設的で有意義なコミュニケーションへと変えることができる。

    相手が求めている情報を適切に与えるだけでなく、知識を深めたり、人間関係を良くしたり、パフォーマンスを向上させたりするのも、すべて答え方次第だ。さらに、巧みな答え方によって自分の価値を高め、評価を上げることもできる。それが、成功への扉を開いてくれるという。

    そうした答え方を、ヴァンス博士は「質問をリープする戦術」と呼ぶ。リープ(leap)は「跳ねる」「跳躍する」という意味で、要するに、ただ質問されたことだけに答えるのではなく、自分と相手の目的にとって価値ある情報を追加して答えるのだ。

    東アジアの人は「忠実すぎる答え」をしがち

    もちろん、まずは相手が聞きたいことを答えるのが大前提だ。しかし、相手と深い関係を築いたり、相手に自分をアピールしたりするには、質問に忠実に答えるだけでは足りない。会話が盛り上がらず、自分の本当に伝えたいことも切り出せずに、逆効果に働いてしまうこともある。

    実は、東アジアの人々は、とくに「質問に忠実すぎる答え」をしがちだという。ヴァンス博士がまとめた統計によると、同じ質問に対して東アジア人の答えは、それ以外の人たちの答えよりも単語数が47%も少なかったそうだ。

    「質問に忠実すぎる答え」とは、たとえば上司から「プレゼンの準備はどう?」と聞かれて「順調です」とだけ答えるようなもの。これでは、質問が与えてくれた「可能性」「きっかけ」を無視したも同然。何も変わらず、ゼロのままだ。

    ここで質問をリープすると

    ここで質問をリープすると――「順調です。◯◯の話を中心に説明しようと思います。あと、▲のデータも用意して紹介するつもりです」。

    こうすれば、上司が求める情報を与え、かつ理解度を高めるだけでなく、自分自身も必要なフィードバックを受けられるようになる。さらに、自分の仕事に対する姿勢をアピールすることにもつながる。ゼロをイチへ、ありふれた質問を自身の成長への足がかりへと変えられるのだ。

    すべての質問が成功へのチャンスとなる

    こうした日常会話こそ「成功への階段」だとヴァンス博士は言う。すべての質問が成功へのチャンスなのだ。だから、「そのたびに跳んでしまおうと考えているくらいでちょうどいい」。

    ソクラテス以来、質問が重要だと言われ続けているのは、それくらい質問がむずかしいからだろう。質問とは、自らトピックを選んで口火を切ることであり、良い質問をするには、豊富な知識や高い認知力が必要だ。外国語でのコミュニケーションならリスニング能力も必要になる。

    それに比べると、確かに答えること自体はさほど難しくない。ヴァンス博士も言うように、「二日酔いや寝不足で質問を半分聞き逃してしまっても、きちんと応答できた経験」はだれにでもあるはずだ。

    しかし、そんな答え方ではいけないのだ。本書では、言語学者らしい解説を交えながら、実践的な答え方の戦術が紹介されている。

    「スピーチこそ文明」とみなしてきた西洋の人々が質問を重視し、その考えが世界に広まっているのだとすれば、グローバルなコミュニケーションとは、言ってみれば質問合戦だ。ならば、そうした質問を大きく飛躍させる応答力を磨くことが、世界で活躍できる近道なのかもしれない。

    ニューズウィーク日本版ウェブ編集部


    https://www.amazon.co.jp/gp/product/4484172143/

    『答え方が人生を変える 
     ――あらゆる成功を決めるのは「質問力」より「応答力」』

     ウィリアム・A・ヴァンス、神田房枝 共著
     CCCメディアハウス