野生酵母でていねいに発酵させたメルロ

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    鹿取みゆき・選&文  尾鷲陽介・写真

    野生酵母でていねいに発酵させたメルロ

    モンスターAperture Farm

    今回はこの連載初の赤ワイン。名前は「モンスター」です。名前の印象とは大きく異なり、質感はとてもやわらかく、なめらかです。果実味は派手ではないのですが、渋みが極めてよく溶け込んでおり、滋味深い。長野県東御市のアパーチャーファームの田辺良さんがつくり手です。2000年代後半、ワインに関心をもち、築地の酒販店で働いていた田辺さん、次第にワインづくりに惹かれていきました。「日本のつくり手たちと、努力や苦労の末につくり上げた彼らのワインで飲み交わすうち、厳しいけれどそれにも増した楽しさがあるワインづくりの世界に飛び込んでみたいと思いました」と田辺さんは振り返ります。

    ワインづくりに選んだ場所は、日本でも比較的雨量が少ない長野県東御市。当然ながら、ワインができるまで収入はなし。生計を立てるため、野菜の栽培農家として新規就農して、ブドウの栽培と並行して野菜の栽培も続けてきました。こうした経験も、化学合成農薬や除草剤を撒かないワイン用ブドウの栽培には役立っていると田辺さんは話します。栽培サイクルの早い野菜は、病気になるスピードも早い。そのため、植物が病気になる時と病気になりそうな時の観察眼よりがきめ細やかに、素早くなったそうです。

    好きなワインが野生酵母で醸造したワインばかりだったので、迷わず野生酵母による発酵を考えたという田辺さん。赤ワイン用のブドウであるメルロの仕込みでは、ブドウの粒を手で果梗から取り外し(除梗といいます)、粒のままおいて発酵を待ちます。発酵途中で搾って果皮や種を取り分け、そのワインを樽に移し、発酵を終わらせているそうです。

    培養酵母と異なり、発酵のスタートを完璧にコントロールできない野生酵母の不安定さを田辺さんは感じています。発酵途中で樽の中に入れることも、除梗の際に粒を極力傷つけないことも、少しでもきれいな発酵に導くためです。そうして醸し出されたのが、モンスターの味わいだったのです。

    ワインのできた2017年は、田辺さんにとって雹害(ひょうがい)にあったり、自分自身が病気になったりと、厳しい年でした。モンスターと名付けたのは、そんな辛さに負けそうだった自分自身をたとえてのこと。でも、ワインは辛さを跳ねのけたかのように、落ち着いた優しさを湛えています。「僕は、その年に起きたことや自分の心情を込めてワイン名を毎年変えています。自分が変化を続ける生々しい人間であり、ワインにはそれがおのずと映し出されてる。ワイン名はその証なのかもしれません」。

    このワインはアルカンヴィーニュというワイナリーの敷地内で委託醸造でつくられており、田辺さんもつくりに参加しています。2017年は雹害のため生産量が減少してしまいましたが、今年は挽回できそうです。ラベルには、田辺さんの知り合いが写したモノクロ写真を使っていますが、ワイン名とともにラベルも毎年変わります。

    田辺さんは北海道のクリサワブランというワインに感動して、ワインづくりに興味をもつようになったそうです。野菜の栽培を始めた2010年、メルロの棚栽培も始めました。田辺さんが好きなシュナン・ブランも別の区画で育てています。

    ワイナリー名/Aperture Farm
    自社畑面積/1ha
    醸造家名/田辺 良
    品種と産地/メルロ(長野県東御市東上田地区)
    容量/750ml
    価格/¥4,428(税込)
    造り/手除梗後、粒のまま発酵。野生酵母で約2カ月間発酵。総亜硫酸塩は20ppm。補糖や補酸はなし。 ろ過・清澄はなし。
    栽培/殺虫剤(なし)殺菌剤(石灰硫黄合剤、ボルドー液)、除草剤(なし)、化学肥料(なし)、不耕起(耕さないこと)。
    問い合わせ先/www.facebook.com/ApertureFarm/?ref=bookmarks


    ※ 「ワインは、自然派。」について
    本連載では、ブドウの栽培からワインの醸造まで、できるだけ自然につくられた自然派ワインやナチュラルワインを紹介していきます。「自然につくる」とは、どういうことでしょうか? この連載では、醸造に関しては、「人の介入を最小限にすること」としています。 発酵では、「仕込み、あるいは瓶詰め時に亜硫酸を添加しないこと」。あるいは「添加したとしても 極少量に限定していること、培養酵母は使わずに野生酵母に発酵を委ねること、添加物を加えないこと」。また、「糖分を加えたり、酸を調整したりはしないこと、清澄剤も使わず濾過も行わないこと」。これらを実践すること、と捉えています。栽培に関しては、化学合成農薬の不使用を前提としたいところですが、日本の気候条件下において、有機農業でワイン用ブドウを栽培するのは、現状では非常に困難であるため、時には最低限の農薬を使用せざるを得ない状況です 。また、原則として、除草剤や化学肥料は使わないことも前提です。こうしたワインづくりを実践しようとするのならば、それだけブドウは健全なものでなくてはならなくなり、醸造では細やかな心配りも欠かせなくなります。連載では、風土に敬意を払い、できるだけ自然にブドウを育て ワインをつくろうとするつくり手たちと、彼らのワインを紹介します。