履く行為にも悦びがある、
セクシーな靴を。

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    Creator’s file

    アイデアの扉
    笠井爾示(MILD)・写真
    photograph by Chikashi Kasai
    高橋一史・文
    text by Kazushi Takahashi

    履く行為にも悦びがある、
    セクシーな靴を。

    立野 千重Chie Tachino
    靴職人
    1980年、石川県・金沢生まれ。武蔵野美術大学卒業後、アパレル企業に勤務。退社後のフランス留学中に出合ったヴィンテージ・シューズに魅了され、2013年に自身のアトリエを構える。10/27~29まで、東京・二子玉川「shed」で受注会が行われる。

    http://www.tachinochie.com/

    立野千重が自身の名を冠したブランド、「タチノチエ(TACHINOCHIE)」は、クラシカルであり同時にモダンでもある。

    おもに19世紀のヨーロッパで履かれた靴をベースにした作風で、個人で活動するデザイナーの製品としては驚くほど高品位に仕立てられている。フォルムもディテールも現代的でシャープだ。新作は履き込んで味が出るベジタブルタンニン(植物鞣なめし)の革が使われており、靴底の中央の盛り上げ方、足に沿う木型のライン、ていねいな縫製などから高級志向であるとわかる。

    製造は、東京の歴史ある靴製造の街、浅草の職人が行っている。このブランドの世界観について、立野が語った。

    「メインであるレディスの靴は、女らしさ、セクシーさを大事にしています。ほっこりとしたデザインにはならないようにしています」

    商品の販売方法は、ギャラリーなどでの受注会が中心だ。訪れる人は、立野のシューズのどこに心惹かれているのだろうか。

    「たとえば、流行の靴を好む人は、他人に見られることを強く意識していると思います。それに対し私の靴が好きな人は、より自分自身の幸せを求めているようです。代表的なモデルのボタンブーツは、昔のスタイルで、履くのに手間がかかります。この靴を履く時間の恍惚感や、他人の目を排除した自己満足が私の靴で得られるのかもしれません」

    客の顔が見えるパーソナルな仕事ぶりと、ラグジュアリーなものづくりとが混在する独自性は、彼女の生い立ちが深く関係しているようだ。

    「祖母がなんでもできる人で、よく着る服を仕立ててくれました。器も祖母がつくったものを使っていました」

    石川県・金沢で育ち、そんな家族の影響もあってか美大に進学した。ファッションが好きで卒業後にアパレル企業に勤めたが、大量生産に馴染めず退社。その後留学したフランスで古い時代のシューズに出合い、将来の道を決めた。浅草の靴職人から職人技術を学び、のちにイギリスでも修業。高品質なシューズには分業が必要と知り、職人でなくデザイナーになることを決めた。

    いまは金沢にアトリエを構え、美しい風景とともに日々の暮らしを楽しみながら制作を続けている。「必要な人に、必要なモノだけを届けたい」と考える立野。このスタンスに共感する人は、多いに違いない。

    works

    レディスの「ボチロン」¥124,200。古典的なヨーロッパのボタンブーツを現代的かつ日本人の足型に合わせた代表作。photo:Ari Takagi

    メンズのスリッポンシューズ「ネイキッド」¥94,500。シュータンがなく履き口が大きい。サンダルのような感覚のデザイン。photo:Ari Takagi

    ※Pen本誌より転載