初めて買った「ニューバランス」は、お蔵入りした幻の一足。

熟練編集者の物欲クロニクル

Vol.08
イラスト:多屋光孫 文:小暮昌弘
とかく魅力的なモノがあふれる世の中で、物欲のままに買い物をする人たちがいます。大のモノ好きとして知られる、元メンズファッション誌編集長の小暮昌弘さんも、湧き上がる衝動を無視できない性分のひとり。当連載は、そんな熟練編集者の買い物遍歴を辿ります。第8回は、あのスポーツシューズメーカーが放つ人気モデルについての話です。

Vol.08 

1970年代はスニーカー一色に染まってしまった私ですが、「ニューバランス」の存在を知ったのは1976年のことです。アメリカのランニング専門誌『Runner’s World』が年に一度行うランニングシューズのランキング企画で、「320」というモデルがメジャーブランドの靴を抑え、1位に躍り出て話題になったのです。そのモデルはシューホールが左右に4個ずつしかなく、つま先が自由に動かせるという、いまで言えばコンフォートシューズをそのままランニングシューズにしたような変わったデザイン。アイコンである「N」のマークさえ入っていません。ニューバランスは1906年にマサチューセッツ州ボストンで生まれたブランドです。ブランド名の由来は、履く人に「新しい(ニュー)バランス」をもたらす靴。当初は扁平足などを治す矯正靴でスタートしましたが、1960年代にはカスタムメイドのランニングシューズまでつくっていたそうです。前述の「320」は76年に発売されたモデルで、この靴を履いた選手がニューヨークマラソンで優勝し、雑誌でランキング1位に輝いたわけです。もちろん日本には未上陸。その頃、六本木に並行輸入のスニーカーを扱う店があり、そこに並んでいると聞いて出かけました。しかしガラスボックスの中に飾られた「320」は、まさに手が届かないような靴でした。ナイキなどの並行輸入品でも2万円はしない時代に、その「320」は4万円近く。学生だった私にはとても手が出ません。

あのラルフ・ローレンも愛用した「M1300」

ニューバランスはその後も「スーパーコンプ」「M990」といった新作を次々と発売しましたが、1985年に驚愕のモデルがデビューします。それが「M1300」というランニングシューズです。同ブランドの中では初めて刻まれる1000番台のモデルで、衝撃吸収性と安定感をもたらす一体成型の「ENCAP」を初搭載。アメリカのデザイナー、ラルフ・ローレンも愛用し、「雲の上を歩いているようだ」との言葉を残したという有名な話があります。そのせいか、「M1300」はスニーカーマニアだけでなくファッション関係者も欲しがり、当時3万9000円という価格ながら、瞬く間に完売。私ももちろん、買い逃しました。

幻の「M1400」が、初めてのニューバランスに。

私のニューバランスデビューは1995年です。手に入れたのは「M1400」というモデル。実はこの靴は、「M1300」の後継機種として企画されたものですが、量産が難しいということで生産が見送られ、先に「M1500」というモデルが1989年に出てきたことでお蔵入りしたモデルです。それが量産化の目処が付いたとリリース前に聞き、なんとかキープした一足です。「M1300」と同じく、当時でも数少ないアメリカ・メイド。「M1500」以降の1000番台モデルがアッパーにいろいろなパーツを付加して少々未来的な意匠になるのに対して、「M1400」は「M1300」の雰囲気を残したクラシックベースなデザイン。「M1300」との違いは、「ニューバランス」の特徴であるグレーの色。やや青みがかっており、普段着と合わせやすいのです。 「M1300」譲りの履き心地は最高で、いまも当時と変わらない状態のまま残っているのが不思議なくらい、よく履いたものでした。その後、1000番台のモデルは復刻されたものも含めて、「M1300」「M1500」「M1600」「M1700」「M2000」と、アメリカ製でほぼコンプリートしました。500番台と900番台のモデルも手に入れましたが、いちばん好きなのはやはり最初に履いた「M1400」です。数年前、アメリカの「J.CREW」がニューバランスとコラボレーションしたモデルを販売、そのひとつが「M1400」と知った私は並行輸入を扱うショップを数軒まわって、ブラック、ベージュ、レッドの「M1400」を3足入手しました。オリジナルのナイロンメッシュのアッパーと違って、ピッグスキンのスエードで、さらに履き心地が向上した気がします。

垂涎の「320」も、アメリカ製で入手に成功。

最初に雑誌で見た「320」も一度だけアメリカ製で復刻、日本でも販売されたことがあると思います。取り扱っていた会社の社長室で見た記憶がありますから。アメリカ製ではありませんが、今年も「320」が復刻されました。私もずいぶん前に何足か購入しましたが、それでもいつかはアメリカ製の「320」が欲しいなとずっと思っていましたが、2000年頃、ようやく見付けたのです。アメリカ西海岸のニューポートビーチの蚤の市で。初老の女性がメキシカンラグの上に並べている商品の中に、見慣れない「320」があったのです。オレンジとイエローのアッパーに「N」のマーク。シュータンをチェックすると「MADE IN U.S.A.」の文字が入っています。サイズからすると女性用か子供用。でも、憧れの「320」のアメリカ製です。相当高いのではと値段を尋ねると、「15ドル」と。値切ってもらって幸運にも11ドルで買いました。20数年前に買えなかったリベンジをついに果たしたのです。最近はニューバランスを履く人があまりにも多いので、ニューバランス探しの旅はお休み中です。でもこの間、近所の馴染みの店で、シカゴの名タンナー、ホーウィン社のカーフを使った米国内限定のモデルを発見しました。この革、「オールデン」もよく使いますが、すごく足馴染みがいいのです。履くとこれがいい! サイズがほんの少しだけ大きくて断念しましたが、今度サイズが合うのを見付けたら、絶対買っちゃうでしょうね、たぶん。

ブランド名:ニューバランス

モデル名:M1400

購入年:1995年

購入場所:日本

購入当時の価格:¥25,000程度

次号予告

ファッションについて 語るときに あの人の語ること。