装幀家・坂川栄治が語った、デザインの美しさが胸に響く7冊。

  • 写真:青野 豊
  • 文:江口絵里

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カバーの装画や表紙裏の見返し、絵と文字の配置など、造りの面でデザイン力を問われる絵本。装幀家の故・坂川栄治さんが、心に残る7冊の見どころを語った。
*こちらの記事は、2019年Pen 4/15号「泣ける絵本。」特集からの抜粋です。

絵本って、タイトルや話のディテールや、それこそ結末すら忘れていても、イメージだけが強烈に頭に残っていること、ありませんか? 「〇〇色のイメージの絵本」とか「表紙に枠が付いている、あの絵本」とか。

僕にとっては、それもブックデザインの大事な引き出しのひとつ。一般の書籍で表紙に使う装画の方向性をディレクションする時など、記憶の中にある絵本の、具体的な色やデザインでなく「イメージ」が思わぬヒントになったりもするんです。

だから、表紙にビビッときた絵本はすぐに買っちゃう。C・V・オールズバーグの『西風号の遭難』を見た時は「なんだ、この光の描き方は!」と衝撃を受けて、彼の本を全部集めました。

最近、出会ったのは『ルイーズ・ブルジョワ』を描いたイザベル・アルスノー。色づかいやモチーフ選びにデザインのセンスを感じます。でも、絵そのものは主人公の夢想が広がっていくさまを筆の赴くままに描いた感じで、「絵本の絵とはこういうもの」という枠にとらわれない奔放さが魅力だな。

こういうのやりたい!と、思わせた『キツネと星』

僕が主宰する「装画塾」でも、生徒には「あなたにしか描けない絵で本の世界を立ち上がらせて」と伝えています。きれいに枠の中にまとまる、無個性なイラストじゃなくてね。

『キツネと星』の端正な造本には、「くう~、悔しい、僕もこういうのやってみたい!」のひと言。隅々までデザインの目が行き届いていて、本とデザインが好きでたまらない人がつくったんだろうなとわかる。見返しに印刷された木と葉のパターンもため息ものの凝りようで、吸い込まれるように眺めてしまいます。作者自身がグラフィックデザイナーだと知った時には、「やっぱり!」と膝を打ちましたね。

本文の組み方から表紙や見返しにまで作者と装幀家の遊び心や仕掛けが注ぎ込まれていて、開くたびに発見のあるのが絵本のよさ。僕がデザインのセンスに胸震えた7冊、みなさんにも楽しんでもらえたら。


<坂川さんデザインの2冊>

『あらしのよるに 点字つき さわる絵本』きむらゆういち 文 あべ弘士 絵 講談社 2017年

『だるまさんが』かがくいひろし 作 ブロンズ新社 2008年

『あらしのよるに』は、オリジナルの絵本が出た時からずっと僕がデザインを担当。多彩なバージョンがあり、2年前には点字版も完成しました。文だけでなく絵も隆起印刷で表現されています。『だるまさんが』はシリーズ合計で600万部を超えました。書名の「が」の色丸と、ゆったりした字間で、本の個性を出しています。

坂川栄治●アートディレクター/装幀家。1952年、北海道生まれ。雑誌『SWITCH』のアートディレクターを経て装幀家に。世に送り出した本は6000冊以上。吉本ばななの『TUGUMI』など、13冊以上のミリオンセラーを生んだ。

色、光、視点…… 絵と装幀のツボを、坂川栄治が解説。

『百年の家』J. パトリック・ルイス 作 ロベルト・インノチェンティ 絵 長田 弘 訳 講談社 2010年

古い石づくりの家を一点に据えた見開きの構図を固定し、百年という時間の経過を見守る、ちょっと異色の絵本です。大きな判型だけど絵はすごく細かく描き込んであって、一つひとつのディテールまで見ごたえ十分。ただ、これだけリアルなタッチの絵で想像力を刺激する絵本をつくるのって、本来は難しいはずなんだよね。でも、この本は「定点観測」と緻密な描き込みとの組み合わせで、読者にいろんな思いを呼び起こす。すごい本です。

『ルイーズ・ブルジョワ 糸とクモの彫刻家』エイミー・ノヴェスキー 文 イザベル・アルスノー 絵 河野万里子 訳 西村書店 2018年

巨大なクモのモニュメントで有名な彫刻家の一生を描いた絵本なんだけど、僕は、主人公より本を描いたアルスノーにびっくりしました。上の場面のように、川の流れを表現する強い個性のある線と、いわゆる絵本らしい絵が混在していたり、五線譜や方眼の上に絵が描かれたり、すごく自由奔放に見えるのに、色数を抑えて一冊の絵本としてうまくまとめている。これができるのは非常に優れたデザインのセンスがあってこそじゃないかな。

『よるのねこ』ダーロフ・イプカー 文・絵 光吉夏弥 訳 大日本図書 1988年

猫好きにはぜひお薦めしたい。一匹の猫の夜の散歩を追って、ひと見開き目は夜空のブルーと町のシルエットの黒だけで描かれ、次をめくると猫から見た同じ場所が色や形がはっきりした絵で描かれ……という、淡々とした繰り返しで展開します。最初は読むほうも、ひと見開き目の答え合わせのようにふた見開き目をじっくり見るんだけど、そのうちブルーと黒だけのひと見開き目のほうが好きになってくる。人間って、なぜかシルエットに心惹かれるんだよね。

『よあけ』ユリー・シュルヴィッツ 作・画 瀬田貞二 訳 福音館書店 1977年

湖に夜明けが訪れる瞬間を描いた、静けさに満ちた絵本です。夜明け前のページはすべて、ページの幅よりもだいぶ小さな楕円形に収まるように絵が描かれていて、見る者の注意をその中へきゅうっと引き込んでいく。そして最後の最後、日が差す瞬間に、見開きいっぱいに絵が広がる。「その瞬間」の色彩に圧倒されますね。見返しには、鈍い青から明るい緑のグラデーションのストライプが。本のしんとした世界に読者を誘います。

『おはなをあげる』ジョナルノ・ローソン 作 シドニー・スミス 絵 ポプラ社 2016年

主人公の女の子の表情の変化はほとんど描かれていないんです。絵を描いたのは、人物の表情じゃなく、少し引いた視点で、かつ背景込みで物語を語るタイプの人なんですよね。絵本の描き手というよりは、イラストレーターとしてのセンスを感じるな。町や人物をモノクロにし、女の子のコートだけを赤く描くことで主人公に視線を集めたり、コミック風のコマ割りとページ全面に広がる絵とを併せて使っているところも、デザイン的にうまいなと思います。

『西風号の遭難』C・V・オールズバーグ 絵・文 村上春樹 訳 河出書房新社 1985年

オールズバーグは、太陽が傾き始めるほんの少し前、あ、昼の明るい時間がもう終わるな……ぐらいの光の表現が素晴らしく、そこにやられましたね。あと、船が宙に浮かんでいるシュールな絵でも、リアルな夢を見せられているみたいに「なんで僕の頭の中にあるイメージがそのまま絵になっているんだ?」という感じを読者に抱かせる。いい作家だと注目していたらその後、彼の本をデザインする機会に恵まれて。うれしかったですね。

『キツネと星』コラリー・ビックフォード=スミス 作・絵 スミス幸子 訳 アノニマ・スタジオ 2017年

『キツネと星』原書

『キツネと星』見返し

布張りの表紙に白の箔押しなんて、装幀家のひとりとして実に羨ましい贅沢さ! 作者はペンギンブックスの「クラシックスシリーズ」の布装版を手がけてきたデザイナー。物語世界へ誘う見返しや、植物モチーフの図柄のページ内に文字を一言ひと言ていねいに配するなど、デザインへの愛が本からあふれている。日本語版の表紙は原書とわずかに違うけど、まるで違和感がなく完成度の高いデザイン。所有したくなる本だね。

こちらの記事は、2019年Pen 4/15号「泣ける絵本。」特集からの抜粋です。