“人が人を裁くこと”と向き合った、是枝裕和監督のサスペンス『三度目の殺人』

  • 文・細谷美香

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8月30日に開幕したヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に正式出品。本作の公開日である、9月9日に結果が発表されます。

近年、ホームドラマを撮ってきた是枝裕和監督がサスペンスに挑んだ『三度目の殺人』。たしかにジャンルとしてはサスペンスであり、法廷劇の一面もあるのですが、これはひとつの真実に向かって直線的に描かれるドラマではありません。むしろ真実などこの世には存在するのか? 真実を定めるのは一体誰なのか? というとんでもなく根源的な問題に、迂回路を通りながら向き合った作品だといえます。

主人公は常に合理的に仕事と向き合っている、割り切ったタイプの弁護士、重盛(福山雅治)。彼は殺人の前科を持つ男、三隅(役所広司)が勤務先の工場の社長を殺した容疑で逮捕され、起訴された事件を担当することになります。犯行を自供しているためほとんど死刑は確定しているものの、重盛が狙っているのは無期懲役。けれども事務所の者たちと調査を進めるうちに、いくつもの不審な点が浮かび上がってきます。金目当ての犯行だったと答えていた三隅は被害者の妻に依頼されたと供述を変え、やがて被害者の娘が三隅と接点を持っていたことも明らかになっていく。“殺人”を結び目にして出会った弁護士、容疑者、被害者の娘の運命が、着地点がまるで見えないままに交錯していきます。

監督が犯罪映画のルックを目指して光と影のコントラストを強くしたと語っている映像には、たしかにこれまでの是枝作品とは一線を画する印象をもちました。けれどもホームドラマを通して“人間”を掘り下げてきた監督ならではの視点は、このサスペンスにももちろん健在で、何よりもそのことは重盛と三隅が接見室で対面するシーンに表れています。

足を運ぶたびに色あいを変える、絶対に足を踏み入れてはいけない魅惑的で深い沼のような男、三隅。彼と相対するうちに、ある意味ではもてあそばれ、揺さぶられてしまう重盛。何度か描かれる対面シーンすべてに得体の知れない化学反応が感じられるのですが、なかでも圧巻としか言いようのないのが、ふたりが接見室の透明な板を一枚はさんで手のひらを重ねあわせるシーンです。サスペンスを観に来たつもりなのに、私は一体何を目撃してしまったのだろうかとかなりどぎまぎして、心拍数が乱れてしまいました。やはり人間の心理とぶつかりあいこそが最もサスペンスフルなのだなと確信してしまう、このうえない緊迫感にあふれた名シーンです。

ひたすら勝ちにこだわっていた重盛は三隅との出会いによって、人が人を裁くことの重みと矛盾に触れ、変化していったのだと思います。でもそのことについて彼がとうとうと語ったり、是枝監督自身が抱いているのであろう制度への違和感や問題提起を、声高に謳い上げたりするエンディングは用意されていません。この抑制に、是枝監督から観客への信頼を感じました。謎は謎のまま横たわり、裁きの是非をわかりやすく提示するわけでもない。観終わったとき、ただ“三度目の殺人”というタイトルの意味が重くのしかかってくるのです。

是枝監督の2013年の作品『そして父になる』に続いて、主人公を演じる福山雅治。クールな弁護士の変化を体現しています。

『海街diary』(2015年)に続いて是枝作品に出演した広瀬すず。父を殺した容疑者と接点を持つ複雑な役どころを演じています。

日本が誇る名優、役所広司が是枝組への初参加を果たし、得体の知れない容疑者を怪演。

『三度目の殺人』

監督/是枝裕和
出演/福山雅治、役所広司、広瀬すず
2017年 日本映画 2時間4分 
配給/ギャガ
9月9日よりTOHOシネマズスカラ座ほかにて公開。
http://gaga.ne.jp/sandome/