中村獅童主演『オフシアター歌舞伎 女殺油地獄』は、江戸時代の「ボヘミアン・ラプソディ」か……? 歌舞伎町であなたは“事件”を目撃する。

  • 写真・文:Pen編集部

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「劇場ではない環境で歌舞伎をやってみたい」という、中村獅童の長年の夢が実現した舞台です。

“眠らない街”と呼ばれる日本でも有数の歓楽街、新宿・歌舞伎町。1945年の東京大空襲で焼け野原になった新宿に歌舞伎の演舞場を誘致し、それを中心に街の復興を計画したことが名前の由来となっていますが、結局歌舞伎を上演する劇場の計画は頓挫。以降、歌舞伎町で本格的に歌舞伎が演じられたことはありませんでしたが、5月22日から一週間、歌舞伎町内のライブ・イベントホール「新宿FACE」にて、中村獅童主演の『オフシアター歌舞伎 女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)』が上演されます。

中村獅童はこれまでにニコニコ超会議での『超歌舞伎』、絵本をもとにした新作歌舞伎『あらしのよるに』の上演など、新しい歌舞伎の表現に取り組んできた第一人者。彼がニューヨークでミュージカルを観た際、「海外では倉庫など劇場以外のさまざまな場所での演劇(=オフシアター)がある」と気づき、劇場以外の場所で歌舞伎を上演するのが長年の夢だったといいます。そんな獅童の思いが、5月11日から寺田倉庫で行われた初演の舞台で見事に花開きました。5月22日からは会場を変え、歌舞伎町での公演がはじまります。

会場に入ると、中央で一段高くなった正方形の舞台の四方をパイプ椅子が囲んでいます。白い幕の降りた舞台上には油が流れているようなサイケデリックな映像が映し出され、それが徐々にかたちを変え、現代の歌舞伎町と思わしき繁華街の情景、トランプ大統領の演説、殺人事件の新聞記事などが次々に切り替わり、観客の心を舞台に引き寄せます。

寺田倉庫で行われた初演の記者会見に出席した主要な役者陣。右から赤堀雅秋(脚本・演出も担当)、中村獅童、荒川良々、中村壱太郎。

300年前に起きた“事件”を、観客の目の前で再現。

通常の劇場とは異なり、舞台は低く、ほぼ360度観客に囲まれています。罪を犯した与兵衛(中村獅童)にはどこにも逃げ場がないことを暗示しているかのようです。

与兵衛を魅了し、借金苦に走る原因をつくる芸者の小菊と、そんな与兵衛をたしなめる人妻のお吉の二役を見事に演じ分ける中村壱太郎。「(360度という)空間が本当に特異なので、この舞台の上でどう“女形として居られるのか”に挑戦したい」と意欲を語りました。

舞台は約300年前、江戸時代の大阪です。油を商う河内屋の次男・与兵衛(中村獅童)は、店の金を持ち出しては遊郭で放蕩の限りを尽くすドラ息子。それでも遊ぶ金が足りない与兵衛は、家族には内密に父親の名義で大金を借り、その返済期限は目前に迫っています。度重なる喧嘩や身勝手な態度に、とうとう与兵衛は勘当されてしまいますが、それでも息子を見捨てきれない両親は同じ町内の油屋・豊島屋の女房、お吉(中村壱太郎)に「与兵衛が頼ってきたら渡してくれ」と金を預けていきました。これを陰で聞いていた与兵衛は涙を流しながら両親からの金を受け取りますが、返済額には程遠い金額。これ以上親に迷惑をかけられないと思った与兵衛はお吉に金の無心をしますが、これを断られてしまいます。それならば油を貸してほしい、と懇願する与兵衛。その願いを受け入れ油を移し替えるお吉の後ろで、与兵衛は刀を抜き……。

圧巻なのは、観客の目線にほど近い舞台と、歌舞伎独特の舞台装置である「花道」の代わりに役者が客席の間の通路を歩いて登場する趣向です。「芝居を観劇しているというよりも、デジタルがあふれる現代からアナログな歌舞伎の世界にタイムスリップして“事件を目撃してしまった”という空気感になればいい」という獅童。登場人物たちとほぼ同じ目線で芝居を観ていると、あたかも実際の犯罪現場に立ち合ってしまったかのような感覚に襲われます。

普段の歌舞伎で使われる大道具は用いられず、最低限の小物があるのみ。それでも観客は、それぞれの心の中にさまざまな情景を描き出すことでしょう。原作「女殺油地獄」で近松門左衛門が描き出した人間の愚かさや哀しさは、いつかあった事件の記憶ではなく、現代と地続きの物語なのです。ひとり舞台上にたたずむ与兵衛の姿は、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞を思い起こさせるような、共感を覚えずにはいられない寂しさを背負っています。

「歌舞伎役者として生きているからには、歌舞伎を観たことのない方々にも『こんなに面白いものがあるんだ』と思ってもらいたい」と語る中村獅童の意欲作。歌舞伎町で起きる“事件”を、お見逃しなく。

「中村獅童を“食う”つもりでやります(笑)」と語った荒川良々(写真一番左)の演技にも注目。コミカルな仕草やせりふ回しは、重い主題や凄惨な場面を一瞬忘れさせつつ、より一層際立たせるようで印象的です。

大がかりな舞台装置は一切使わず小道具だけを使用していますが、役者の渾身の芝居が観客の想像力を掻き立て、場面の情景をリアルに浮かび上がらせます。

『オフシアター歌舞伎 女殺油地獄』
公演日:2019年5月22日(水)~29日(水)
会場:歌舞伎町・新宿FACE
東京都新宿区歌舞伎町1-20-1 ヒューマックスパビリオン新宿歌舞伎町7F
出演:中村獅童、中村壱太郎、赤堀雅秋、荒川良々
脚本・演出:赤堀雅秋
主催・制作:松竹

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