美と愛を求めたトランスジェンダーの人生を描く、映画『ダイ・ビューティフル』

  • 文:細谷美香

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東京国際映画祭で観客賞を受賞、パオロ・バレステロスが主演男優賞も獲得して、ダブル受賞に。

LGBTという言葉が市民権を得て、『ムーンライト』『タンジェリン』『彼らが本気で編むときは、』など、バラエティに富んだLGBT映画が公開されている今年。フィリピンから届いた『ダイ・ビューティフル』は、最後まで自分の生き方を曲げず、美しさにこだわり続けたトランスジェンダーのエネルギッシュな人生を描き出した作品です。


幕開けは、ミス・ゲイ・フィリピーナ、トリシャの急死。彼女は親友のバーブスに、葬儀までの7日間、「日替わりで海外セレブのメイクを施してほしい」という願いを託していました。映画は回想シーンを交えて過去と現在を行き来しながら、トリシャの平坦ではなかった道を鮮やかに描き出していきます。男子バスケットボール部の憧れの男子に誘われたものの乱暴され、ボロボロになった高校時代。敬虔なキリスト教徒である父からは勘当され、賞金稼ぎのためにミスコンへの出場を続けたトリシャ。やがて身寄りのない娘の母になることを決めて、自分の子供として育てはじめます。


差別と偏見の中で生きながら、愛し愛される人を不器用に求め続けたトリシャを、この映画では悲劇のヒロインとして描いてはいません。哀しみや苦悩はヴィヴィッドな衣裳やユーモアに包み込み、娘をミスコンに出場させようとするなど、ときには母親としてのエゴも丸出しにしてしまう存在として描かれています。そんなシーンの積み重ねのなかに、トランスジェンダーとしてではなくただひとりの人間としての光と影、強さと弱さを描こうとする監督のフェアな視線を感じました。


ビヨンセ、ジュリア・ロバーツ、レディ・ガガなどセレブのメイクで美しく変身した彼女の胸の奥底にあったのは、自分を捨てた父親にも自分を認めてほしいという願いなのだと思います。そんな切なる願いが込められたメイクは、骨まで変えているのでは!? というほどの完成度。トリシャを演じたパオロ・バレステロスはメイクアップ・アーティストで、自ら施した立体的なメイクのテクはまさにSNSを賑わせる”海外版男ざわちん”。セレブのメイクの完成度が高いからこそ、彼女がほかの誰でもない私自身に戻る瞬間に胸を突かれました。『ローサは密告された』のブリランテ・メンドーサ監督など、才能あふれる監督を生み出している昨今のフィリピン映画界。過酷な現実を生き抜こうとするバイタリティを、ぜひスクリーンから感じてみてください。

主人公の親友など、トリシャを取り囲む多彩なキャラクターたちも魅力的。

身寄りのない子供を引き取ったトリシャの生き方を通して、新しい家族の形も描き出しています。

© The IdeaFirst Company Octobertrain Films

『ダイ・ビューティフル』
原題/Die Beautiful
監督/ジュン・ロブレス・ラナ
出演/パオロ・バレステロス、ジョエル・トーレ、グラディス・レイエス
2016年 フィリピン 2時間
配給/ココロヲ・動かす・映画社○
7月22日より新宿シネマカリテほかにて公開。
https://www.cocomaru.net/diebeautiful