クリエイティブを刺激する、本、映画、音楽を紹介する「Penが選んだ注目のカルチャー」。注目すべき作品を、一挙にご紹介します。
[BOOK/本] 文:今泉愛子
定住も定職も諦めた、アメリカ中流階級の現在。
『ノマド 漂流する高齢労働者たち』
本書に登場するノマドとは、自宅がなく仕事を求めて各地を放浪する高齢者たちのこと。アメリカでは、住居費が高騰し家を借りられなくなる人が急増している。64歳のリンダは、暖かくなるとジープで彼女の住居の小型トレーラーを牽引してキャンプ場に向かう。スタッフとして働くためだ。登場するノマドは健康で気力もあるのに、ビーツの収穫など期間限定の仕事がかろうじて見つかるだけ。彼らの前向きさや能力が人生の豊かさにつながらないことがなんとももどかしい。
戦いと共存の歴史から探る、人類とウイルスの未来。
『ウイルスは悪者か お侍先生のウイルス学講義』
エボラ出血熱や新型インフルエンザ、デング熱など人類を脅かす強力なウイルスは、どんな存在なのか。ウイルス学を研究する著者は、エボラウイルスを求めてアフリカのザンビアの森で10年以上毎年コウモリを捕獲。インフルエンザウイルスを探してアラスカやシベリアでカモの糞を拾い、熱心に研究を続けるが、いまだ明らかにならない部分が多い。創薬の道のりやパンデミックへの対処などウイルスと人間との関係を徹底的に解説する。
スマホさえ持たせておけば、人の意見は簡単に誘導できる⁉
『操られる民主主義 デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』
デジタル・テクノロジーのおかげで暮らしは快適になったのだろうか。ジャーナリストの著者は、こと民主主義にとっては根源的な要素の多くが蝕まれていると説く。情報が増えたことで選択肢が増え、自由な選択が可能になったと思いがちだが、アメリカ大統領選挙やフェイスブックなどの企業戦略を分析すると、人の考えがいとも簡単に誘導される実態が見えてくる。民主主義は継続できるのか。
[CINEMA/映画] 文:細谷美香
魂を込めた歌声が響く、愛と再生をめぐる物語。
『アリー/スター誕生』
歌手を夢見るアリーの才能を見出したのは、世界的なロックスター。アリーは瞬く間にスターダムを駆け上がるが、彼はアルコールに依存して身をもち崩していく。幾度も映画化されてきた物語をブラッドリー・クーパーとレディー・ガガのコンビでアップデート。歌手としてのクーパーと女優・ガガの相性も抜群で、魂が込められた歌声がエモーショナルに響く。あまりにも美しくてやるせない、栄光と挫折、愛と再生の物語だ。
監督/ブラッドリー・クーパー 出演/レディー・ガガ、ブラッドリー・クーパーほか 2018年 アメリカ映画 2時間16分 全国の映画館にて公開中
一途な思いを描く、愛の寓話。
『シシリアン・ゴースト・ストーリー』
13歳の少年、ジュゼッペがシチリアの小さな村から姿を消す。彼に思いを寄せていたルナは、大人たちの沈黙にひるまずに行方を追いかけるが……。イタリアで実際に起きた事件をモチーフにした、カンヌをはじめ各国の映画祭で高い評価を得た作品。ファンタジーのような儚い映像で一途な少女の闘いが描かれる。残酷な現実と無垢なる思いのコントラストが、いつまでも消えない残像となって刻まれるラブストーリーだ。
監督/ファビオ・グラッサドニア、アントニオ・ピアッツァ 出演/ユリア・イェドリコヴスカ、ガエターノ・フェルナンデスほか 2017年 イタリア・フランス・スイス合作映画 2時間3分 新宿シネマカリテほかにて公開中。
ジョージアから届けられた、ユーモアあふれる人間賛歌。
『葡萄畑に帰ろう』
ふるさとにいる母のことなど忘れたかのように、居心地のいい政府の要職について順風満帆の人生を送っているギオルギ。妻を早くに失くした彼はいま、新たな恋までしている。しかし突然、大臣をクビになり……。ジョージア(旧グルジア)映画界の最長老だというエルダル・シェンゲラヤ監督が、85歳で完成させた一本。社会に向けたシニカルだが滋味あるユーモアと、人間を肯定する視線が観る者の心を射抜く人間ドラマだ。
監督/エルダル・シェンゲラヤ 出演/ニカ・タヴァゼ、ニネリ・チャンクベタゼほか 2017年 ジョージア映画 1時間39分 岩波ホールほかにて公開中。
[MUSIC/音楽] 文:山澤健治
英国社会の縮図のような、ハイブリッドなサウンド
『ノー・モア・ノーマル』
ダブステップとジャズを革新的に融合させ、世界的にヒットしたロンドン育ちのプロデューサー/マルチ奏者の3作目。グライムやダブステップの構造にジャズ、ヒップホップ、Pファンクなどを取り込むハイブリッドなサウンドは、多様な英国社会の縮図のよう。コージー・ラディカルなどのラッパーやシンガーの他、ヌビア・ガルシアらUK ジャズの面々も参加。刺激的な音の祝祭に華を添える。
即興演奏にノイズを重ねた、ピアノの魔術師とのコラボ
『プラス』
デンマークの伝説的エレクトロニカ・トリオによる8年ぶりの新作。ダブ・エレクトロニカの名盤と謳われた2002年のデビュー作のファンだったという、ピアノの魔術師ことニルス・フラームとの全面コラボに挑んだ作品。ニルスの即興演奏にシンセやノイズをていねいに重ね、リズムやビートよりもメロディを重視したシネマティックなサウンドスケープを完成。深遠なる電子音に心癒やされる。
叙情的な美しさを醸す、洋・邦の垣根を越えた2枚組。
『Timeless Imperfections』
Jポップの未来を担うポップス職人として注目を集めるシンガー・ソングライターのメジャー・デビュー作。8歳から24歳まで米国で感性を磨いただけに、完璧な発音の英語詞の曲も多数。マルーン5やエド・シーランの姿が重なるほどの、洋楽ポップスの最先端サウンドをほぼひとりで紡ぎ出す。日本語詞を使い分けながら醸し出す叙情的な美しさも格別。洋楽と邦楽の垣根を越えた、圧巻の2枚組。