良質な本とのめぐり逢いを通じて見識が広がり、素養が深まって、内面にもいい栄養が行きわたっていく……。これは、この仕事柄ならではのこの上ない役得です。ですが、こうした邂逅を繰り返すうちに、よくも悪くもごく個人的な嗜好が強まっていくのは避けられそうにもありません。こと選書に関しては、ごく私的な観点に頼り切っていたのでは、結局のところ自己満足的で視野の狭いラインアップに陥ってしまうおそれがあります。

2011年にPOSTの取り組みがスタートしてから、これまでに延べ30社近くの出版社を取り扱ってきました。「期間中はひとつの出版社の刊行物しか取り扱わない」という在り方を通じて、探し求めて出向くスタンスとはまた異なる、本との出合いがあることを気付かせてくれました。
選書基準は、その出版社が刊行している本であるということ。やや乱暴な言い方をすれば、「まさにその本でなければいけない」といった必然性は削がれていきます。出版社という視点でふるいにかけられた書籍は、自らの好みとはまったく別の方向から突如やってくる、いわば彗星のような存在です。

この取り組みは、もうひとつ面白い効果がありました。それは、仕入れ時に立てた予想と、実際の店頭での反応とが異なること。お客さまの反響が高いことで、興味を抱くに至った本もあるのです。今回は、そんなお客さまのリアクションをきっかけに、目が離せなくなった一冊をご紹介します。

　現代美術の文脈のなかに、抽象美術に対する具象美術の一分野として「形象美術」というものがあります。これは現実世界そのものを創作の源とし、人物や動物といった鑑賞者にとっても身近なものがモチーフになることが多い点に特徴を見出すことができます。絵画や彫刻といったジャンルにとらわれない、広範な表現におよぶのも特色のひとつです。

　スウェーデン出身のマンマ・アンダーソンとヨックム・ノードストローム夫妻は、1980年代末に形象美術の潮流を牽引したアーティストです。妻のアンダーソンは映画的なイメージや劇場さながらのセット、年季の入ったインテリアを用いて、まるで夢のような表情豊かなランドスケープを描きます。一方、夫のノードストロームは、コラージュ、水彩画、ドローイングの手法を駆使して、性的・社会的な役割を演じる歴史上ないし現代のキャラクターを描き、より民間伝承的な領域をあらわにします。各々でも十分個性的なふたりの世界が糸を縒るように交わり、そこに独創性の高い共作が生まれます。

現在、POSTで展開している版元・David Zwirner Books（デヴィッド・ツィルナー・ブックス）は、ニューヨークに拠点を置く現代美術のギャラリー・David Zwirnerの出版部門として機能しており、展覧会の開催にあわせてカタログを刊行しています。2010年のアンダーソンとノードストロームの展覧会の際に作成された本書は、今回、この出版社を取り上げるにあたって入荷したものです。1980年代末から2010年にかけて制作された200点にもおよぶフルカラーの作品とともに、家族のスナップ写真や資料なども織り交ぜたアートワークが並びます。

世界各地の主要な美術館や、国際美術展で繰り返し作品を発表してきた彼らは、正直に言えば日本ではまだまだ知る人ぞ知る存在です。しかし、仮にこうした華々しい来歴を知らなくとも、本書を通じて彼らの作品の醍醐味に圧倒され、思わず魅了された方を多く見かけてきました。実際、David Zwirner Booksの中では断トツで評判の高い本です。

時空を超えて、鑑賞者にとって絶妙なタイミングで作家や作品との出逢いをもたらす。これこそ、アートブックならではの大切な役目であり、代えがたい魅力だろうと確信しています。