『NYの「食べる」を支える人々』

アイナ・イエロフ 著

確固たる信頼を得て懸命に働く、大都市の食の裏方たち。

井川直子 フード・ジャーナリスト
確固たる信頼を得て懸命に働く、大都市の食の裏方たち。

「今夜どこで何を食べるか?」が会話のすべてであり、「ゲランドとイル・ド・レ、どちらの塩が優れているか」で議論する人々の街。それがニューヨークだという。本書は、ある意味過剰に進化した大都市の、食に関わるさまざまな「人」へのインタビュー集。といっても、取材対象者はいわゆるスターシェフや経営者でなく、ほぼ無名の人々だ。フードトラックやダイナーで働く人、精肉、牡蠣の殻剥きといった専門の職人、魚介の卸し、アヒルの生産者など生産や流通に関わる人。そして彼らが食を提供する相手は、セレブから刑務所の受刑者にまでわたる。 

SNSで拡散され、一夜にしてスターダムにのし上がれる街は、同時に一瞬で潰れてしまうスクラップ・アンド・ビルドの街でもある。その中で登場人物たちに共通しているのは、地道だが、この街に受け入れられるべき信頼を得た人々だということだ。ではなぜ、彼らが信頼を得られたのか。努力や才覚や運もあるだろうが、その上で、決して手放さなかった「正しさ」のためではないかと思えて仕方ない。 

真っ当な食材を選び、手間を惜しまず、並んでくれる客に礼を言う。定時より早く出勤し遅く帰り、泣いて帰る毎日でも、その仕事にしがみつく。彼らの姿は、私の頭の中で昭和の日本人と交錯していった。仕事を、好き嫌いでは選べなかった時代の話である。 

本書は現代だが、登場人物の多くは移民だ。メキシコ、エジプト、ポーランド。強制収容所から逃げた者もいる。ここしかない、これしかない者たちの、働けることへの感謝、与えられた仕事を全うしようとする意志、食べる人を思いやる想像力。ニューヨークも東京もそういう「正しさ」に支えられてきたけれど、昭和が遠くなり、移民がいなくなったらどうなるのか。好きな仕事を選べる時代の私たちが、彼らに学ぶべきことはある。

『NYの「食べる」を支える人々』

アイナ・イエロフ 著 
石原 薫 訳 
フィルムアート社 
¥2,484