名建築内で繰り広げられる、ふたりの建築家の創造への欲望。

  • 文:中川エリカ

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『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』

監督/メアリー・マクガキアン

名建築内で繰り広げられる、ふたりの建築家の創造への欲望。

中川エリカ建築家

アイリーンをアイルランド出身のオーラ・ブラデ ィ、ル・コルビュジエを『ヒトラーへの285枚の葉 書』などで監督としても活躍するヴァンサン・ペレ ーズが演じる。また、アラニス・モリセットが当 時のフランスの歌姫、ダミアに扮している。© 2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.

心揺さぶられる建築はいつも、つくられた時代の気分や雰囲気、つくった人の愛情、そこで暮らす、もしくは暮らしていた風景が、自然と伝わってくるような存在としてある。 

アイリーン・グレイという女性建築家が設計した『E.1027』という住宅も、南仏のやわらかな光や、穏やかな風を味方に、スクリーンから語りかけてくるような建築である。 

いま私たちが暮らす多くの家が、寝室、リビング、ダイニングというような、目的を叶える部屋の集合としてあるのとは違い、あぁここで眠ったら気持ちよさそうだな、とか、ここでその椅子に座ってあの緑を眺めながらご飯を食べたいな、というように、さまざまな使い方を自然と引き起こしてくれる場所の連続として家がある。空間が壁で区切られるのではなく、人の動きとともに、流れるようなハーモニーを奏でるこの家は、アイリーンの言葉を借りれば、「目的ではなく効果のために」つくられた建築である。 

現在、フランスの国家遺産になっているというこの傑作住宅や、アイリーンがデザインした家具を実際に使用して撮影がされており、それだけでも映画館で観てよかったと思わせるに十分だ。しかしそれにとどまらず、原題「 プライス・オブ・ディザイアー」からもわかる通り、人間が生きること、その価値観について真っ向から問いかけてくる。対照的に描かれるル・コルビュジエとアイリーンというふたりの建築家は、どちらも、創造するんだという欲望をもっているが、その欲望は狂気になることもあれば、生きることを支える原動力となることもある。 

どんな苦境に立たされても気高く勇敢なアイリーンの生き方や、彼女が生み出した深い愛に満ちた物、日常の中にひそむ格言に触れるたび、それだけでなんだか勇気づけられるような気持ちになるから不思議だ。

『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』

監督/メアリー・マクガキアン
出演/オーラ・ブラディ、ヴァンサン・ペレーズ、アラニス・モリセットほか 
2015年 ベルギー・アイルランド合作映画 1時間48分 
10月14日よりBunkamuraル・シネマほかにて公開。