アメリカで這い上がろうとした、 出自の壁に苦しむ3人の移民。

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    『マンハッタン・ビーチ』

    ジェニファー・イーガン 著 中谷友紀子 訳

    アメリカで這い上がろうとした、 出自の壁に苦しむ3人の移民。

    今泉愛子ライター

    マンハッタン・ビーチは、ニューヨーク市マンハッタンからクルマで30分ほどのリゾート地だ。この物語の主人公のひとり、アナ・ケリガンは、禁酒法廃止翌年の1934年、11歳の時に父エディに連れられて初めてその地を踏む。デクスター・スタイルズという人物が暮らす屋敷を訪れるためだ。
    成長して海軍工廠で働いていたアナが再びデクスターの姿を見たのは、第2次世界大戦中のナイトクラブだった。デクスターはそこの経営者で、アナは女性初の潜水士を目指していた。

    物語は、現在と過去とを行き来しながら、デクスター、エディ、アナの3人が移民国家アメリカで這い上がる様子を描く。デクスターはイタリア系アメリカ人の父の反対を押し切って、10代でイタリアンマフィアのドン、ミスターQの下に身を寄せた。そして裕福な銀行家の娘と結婚し、表社会での名誉を手に入れる。義父とミスターQはまるで違う世界にいるが、自分はどちらの世界で生きていけばいいのか。中年になり、がむしゃらだった時代にはなかった葛藤が生まれる。一方、アイルランド系アメリカ人のエディは、家族を養うためデクスターの組織で働いていたが、ある日突然姿を消す。

    移民国家では、出自は階級と密接に結びつく。3人が直面するのは、当時の世相を表した出自や性による差別だ。特に、イタリア系とアイルランド系は肩身の狭い思いをしていた。

    彼らの葛藤は、誰しも身に覚えがあるものだ。いつの時代も人が前に進もうとする時、努力ではどうにもならない壁が存在する。大物に認められることで成功を手にしたデクスターの葛藤が露わになるのは、40代になってから。対照的に、自力で壁を乗り越えたアナは日増しに自由になっていく。
    随所に描かれている海は、世界が常に漂い、変化していることを示唆しているようだ。

    『マンハッタン・ビーチ』
    ジェニファー・イーガン 著 
    中谷友紀子 訳 
    早川書房 ¥3,850(税込)