集まる価値が問われるいま、「蓮沼執太フルフィル」の合奏の豊かさを味わう。

  • 文:加藤一陽(編集者)

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蓮沼執太は1983年、東京都生まれ。16人の蓮沼執太フィルを組織し、国内外でのコンサートをはじめ、映画、演劇、ダンス、CM楽曲、音楽プロデュースなどさまざまな音楽活動を行う。2018年に「第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞」を受賞した。

シュアなミュージシャン16人を蓮沼執太が指揮する「蓮沼執太フィル」に、オーディションで選ばれた10人を新たに加えたプロジェクト「蓮沼執太フルフィル」。2018年にライブでお披露目され注目を浴びた彼らが、このたび初めてアルバムを発表した。

本作は、伸びやかな歌声が魅力の代表曲「windandwindows」で幕を開け、その後は4つの楽曲で編まれた「フルフォニー」へと続いていく。いずれもライブで披露されている楽曲だが、改めて録音物として合奏の楽しさが演出され、聴き手に豊かな音楽体験をもたらしていく。さらに後半には上記5曲のリミックス・トラックを収録。リミックスは蓮沼の手によるもので、彼が合奏を俯瞰しパソコンで手を加えることで、新しい解釈が加わるさまがダイナミックに伝わってくる。

本人に聞けば、フルフィルはフィルを前進させるためのプロジェクトで、「異物を加えることで状態が変わるんじゃないか?」という着想に基づきスタートさせたそう。アルバムの録音は19年の春には終わり、その後、ミックスダウンに時間をかけていたという。しかしそんな中で、世界はパンデミックに巻き込まれていく。リミックスの作業はコロナ禍に行われたとのことで、蓮沼は「多くの人が集まって演奏するってどういうことなんだろう」と自問しながら作業していたそうだ。

つまりこの作品は、蓮沼がフィルを進化させるために収録した演奏と、“集まって奏でること”にこれまでとは違った価値が生じることになったいまの蓮沼の合奏感が、図らずも一枚に集約されたものだといえる。音楽的な聴きどころを挙げれば枚挙にいとまがないが故に、“コロナ前後の偶然のドキュメント”的な側面がこの作品の本質とは決して思わない。しかし背景を知ると、また聴き方の幅も広がっていくだろう。

『フルフォニー』蓮沼執太フルフィル POCS-23007 キャロライン・インターナショナル ¥2,800(税込) 10/28発売