ノマド化したアメリカ白人高齢者、その精神性の深層に迫る傑作『ノマドランド』。

  • 文:宇野維正

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ベネツィア国際映画祭金獅子賞に輝き、ゴールデン・グローブ賞監督賞も受賞。クロエ・ジャオ監督はマーベルの新作『エターナルズ』に続き、ユニバーサルのリブート版『ドラキュラ』の監督にも抜擢されるなど、さらに注目度が上がっている。 © 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

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「本年度のアカデミー賞最有力作品」という前評判だけで本作を観ると、その映画としてのユニークさに面食らう人もいるだろう。本作は日本でも出版された『ノマド:漂流する高齢労働者たち』という、2008年の金融危機で職を失って、キャンピングカーで各地を転々とするアメリカの労働者たちを取材したノンフィクション・ノベルを原作としている。その上で、ここではその労働者のうちのひとりの女性を中心にドラマが展開していく。さらに、アメリカの広大な自然を捉えた美しい撮影から、編集のリズム、抑制の効いた音楽の使い方に至るまで非常にポエティックな仕上がりとなっている。つまり、ひとつの作品の中にドキュメンタリーとヒューマンドラマとアートハウス作品の要素が平然と同居しているのだ。それも、信じられないほど高いレベルで。

そんな異なるジャンルの要素がひとつの作品として見事に結実している理由は、本作がラストベルト地帯のアメリカの白人にとっての最後の砦としての思想である、気高いリバタリアニズムに貫かれているからだ。大統領選が行われた2020年は、トランプが勝利した4年前同様に、国際的には多くの場合ネガティブな視点からアメリカの工業地帯の労働者たちについて語られた。本作ではそんな彼らを批判的にジャッジすることなく、その精神性の深層にじっくり迫っていく。そして驚くべきは、そんな作品を撮っているのが北京出身の30代女性監督だということ。ちなみにクロエ・ジャオは次作でさらにまったく異なるジャンルである、マーベル・シネマティック・ユニバース新作『エターナルズ』を手がけている。昨年のポン・ジュノに続いて彼女がオスカーを手にするようなことがあれば、2020年代の映画界は本格的にアジア人/アジア系監督の時代となるかもしれない。

© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

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『ノマドランド』
監督/クロエ・ジャオ
出演/フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーンほか
2020年 アメリカ映画 1時間48分 3月26日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて公開。
https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html