杉本博司の集大成、古えの時に想いを馳せる「江之浦測候所」がついに開館しました。

  • 文:山田泰巨

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実際に演目の上演も予定されているという、冬至光遥拝隧道と光学硝子舞台 ©小田原文化財団/Odawara Art Foundation

世界的に知られる写真家、現代美術家の杉本博司。伝統芸能や古美術にも造詣が深い彼は、演劇や建築など多岐にわたりその才を発揮し続けています。そんな八面六臂の活躍を見せる杉本が20年にわたって構想を練り続けた「小田原文化財団 江之浦測候所」(以下、江之浦測候所)が、ついに一般公開をスタートしました。

「江之浦測候所」が立つのは、神奈川県小田原市の相模湾を一望する丘の上。約3.8haという広大な敷地にギャラリー棟や野外舞台、庭園、茶室などを備えます。「ここから見える海景は、子どもの頃に見た私の原風景」と杉本はいいます。「江之浦測候所」のすぐ近くにある、現在は使われていない「眼鏡トンネル」。このトンネルを抜ける際、壁面に穿たれた連続する開口部からフィルムのコマ落としのように見えた海景、そしてトンネルを抜けた先の大海原と水平線が、彼の美意識を形づくった最初の記憶なのです。

「江之浦測候所」の掲げるテーマは「人類とアートの起源」です。「太陽の軌道変化に、人類は死や再生を意識しはじめたのだろう」と語る杉本。ここではこうした「古代の感覚を体験」する場として、冬至や夏至の光を建物に取り込みました。「測候所」というユニークな名も、「世界や宇宙と自分との距離を測る場」という意味を込めたものだといいます。

この濃密な体験のためにつくられたのが、冬至の軸線に合わせた70mのトンネル「冬至光遥拝隧道(とうじこうようはいずいどう)」です。もっとも死に近い日と言われた冬至の朝日がトンネルを貫き、トンネルの先にある巨石を照らします。また、「冬至光遥拝隧道」と平行に設置されたのが「光学硝子舞台」です。懸造り(かけづくり)と呼ばれる伝統的な木組みに光学硝子を敷き詰めました。ローマの円形劇場を再現した観客席からは、水平線とともに舞台を観ることができます。

これと対を成すのが「夏至光遥拝(げしこうようはい)ギャラリー」。こちらは夏至の朝、海から昇る朝日が数分間にわたって建物内を満たします。先端部に相模湾を見渡せる展望スペースをもった建築も挑戦的で、大谷石に覆われた構造壁に片持ち屋根が載り、庭に面する37枚のガラス板は自立した構造となっています。

冬至の軸線にあわせてつくられたトンネル、冬至光遥拝隧道 ©小田原文化財団/Odawara Art Foundation

水平線とともに相模湾を望む、夏至光遥拝100mギャラリー先端 ©小田原文化財団/Odawara Art Foundation

石張りの壁面に作品を飾る、夏至光遥拝100mギャラリー ©小田原文化財団/Odawara Art Foundation

新旧の建築技術が融合して生まれた、未来の遺跡。

根津美術館より譲り受け、再建された明月門 ©小田原文化財団/Odawara Art Foundation

「江之浦測候所」では、伝統の継承を数多く見ることができます。来場者を迎える「明月門」は室町時代に鎌倉の明月院の正門として建てられたもの。長らく根津美術館の正門として使われていましたが、建て替え時に寄贈され再建しました。また千利休作と伝わる「待庵」を写した茶室「雨聴天(うちょうてん)」の屋根には、もともとこの土地に立っていた小屋の錆びたトタンを使っています。歴史的遺物と新旧の建築技術、そして彼らしい洒脱な感性が融合して生まれた「江之浦測候所」を杉本は「寿命と資金が続く限り、使いながらどうするかを考えつづけたい」と語ります。

千利休作といわれる茶室「待庵」を写した「雨聴天」 ©小田原文化財団/Odawara Art Foundation

「江之浦測候所」から北に2㎞ほどのところにある石丁場より切り出した石を用いた庭園「小松石 石組」 ©小田原文化財団/Odawara Art Foundation

また「江之浦測候所」には「いい石が揃っている」とも。敷地内の随所に設置された石塔や石は彼がこれまで蒐集してきた品。開館直前には法隆寺の若草伽藍礎石を手に入れ、急遽、天平時代に建てられた元興寺の礎石などとともに石庭に加えられました。「江之浦測候所をつくっていく過程で、物が自ずと集まってきた」と、杉本は笑います。

以前のインタビューで、杉本は「ここがいつか遺跡となり、未来の人がどう解釈するのかが楽しみ」だと話していました。ピラミッドやストーンヘンジのように、古代の知を知る遺跡のように人々の好奇心を刺激する日が気の遠くなるほど先に待っているのかもしれません。生まれたばかりの未来の遺跡を体験するために、ぜひ小田原に足を運んでください。

公益財団法人小田原文化財団 江之浦測候所

住所:神奈川県小田原市江之浦362-1
TEL:0465-42-9170(代表)
見学時間:4~10月は1日3回(10時・13時・16時、約2時間の定員制)、11~3月は1日2回(10時・13時、約2時間の定員制)
※各回すべて完全予約の定員制(公式サイトより予約可能)
休館日:水、年末年始(2017年12月27日~2018年1月5日)および臨時休館日
※2018年2月より、火・水曜日休館に変更となります。
入場料:¥3,000(税込) ※一律、中学生未満入館不可
www.odawara-af.com