圧倒的な存在感が表わす人間の根源。「遠藤利克―聖性の考古学」の生と死の畏怖と歓喜。

  • ⽂:坂本裕⼦

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2005年からの「空洞説」シリーズは人間の情動が起こす運動の中心部に現れる空洞を象徴します。 左:遠藤利克 『空洞説(ドラム状の)-2013』 2013年 458φ×240cm 作家蔵 展示風景:青森公立大学 国際芸術センター青森 撮影:山本糾 / 右:遠藤利克 『空洞説(ドラム状の)-2013』の焼成風景 撮影:遠藤利克

美術館の展示室いっぱいに置かれる炭化した木の巨大な塊。真っ黒に焼け焦げた木肌、円環を基本としたシンプルな形態。圧倒的なそのスケールと迫力は、そっけないほどに粗野ながら、どこか懐かしいもの哀しさをまとい、強い印象を残します。

作者は遠藤利克。ヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタにも出品、北欧と英国での巡回展の経歴を持ち、2009年には円空賞も受賞した、国内外で高く評価される彫刻家です。

彼の大規模な個展が、埼玉県立近代美術館で始まりました。関東の美術館では実に26年ぶりとなるそうです。2010年代に制作された作品を中心に、美術館の展示空間に合わせてつくられた新作を含む12点で構成され、遠藤が語る「聖性」と「考古学」をキーワードに、その本質に迫ります。アーティスト本人が想いを実現できた、と語るその空間は、それぞれの作品世界を独立させて、ひとつひとつの作品とじっくりと向かい合えるつくりとなっており、会場を巡れば、彼のこれまでといまが大きな流れの中に浮かび上がってきます。

1950年に飛騨の宮大工の家に生まれた遠藤は、70年代、興隆していたミニマリズムや「もの派」の洗礼を受けつつも、それらを超えることを目指します。ラディカルに芸術原理を問うアート動向に対し「物語性の復権」を掲げ、人間が文化として生み出してきた神話や物語を喚起する作品で現代美術の活性化を意図しました。それはさらに人間の生命の根源へと向かい、最もプリミティブな要素としてのエロスとタナトス、生と死の衝動を呼び覚ますものへと深化して現在に至ります。

舟や柩といったモチーフは普遍的な物語を感じさせ、作品の圧倒的なスケールや火の跡、水の感覚は、理性を超えた感覚にダイレクトに訴えてきます。そこには、畏怖とともに歓喜が、冷徹さとともに慈しみが共存し、彼が考える、信仰にも通じた「聖なるもの」が発現するのです。

今年はヴェネツィア・ビエンナーレ、ドクメンタ、ミュンスター彫刻プロジェクトが同時開催され、現代アートのスペシャル・イヤーと言われています。海外にまで行くのはちょっと……という人にもお薦めの、国内で堪能できる、現代を代表する彫刻家の展覧会。この「聖性の考古学」、全身で展示空間にひたってみてください。

空洞をもつ炭化した巨大な木材からは、その“穴”に見えない水の存在と、彼のいう「透明な無為、聖なる空洞性」を感じます。 遠藤利克 『泉』 1991年 φ95×1926cm東京都現代美術館蔵 会場展示風景から

1995年から発表された、精神分析医フロイトの用語で「欲動」をさすシリーズ。物語や神話を生む根源が無力化された現代を、閉ざされた水槽に表します。 遠藤利克『Trieb -ナルチスの独房Ⅱ』 2000年 160×252×190cm 作家蔵 展示風景:秋山画廊 撮影:山本糾

物語性をおびた作品には“寛容と救済の甘美な罠”と作家が感じる舟がよく現れます。希望と絶望をのせて過去から未来への航路を想います。 遠藤利克 『空洞説-木の舟』 2009年 113×85×1100cm 作家蔵 展示風景:青森公立大学 国際芸術センター青森 撮影:山本糾

生と死を考え続ける遠藤にとって物語性の復権は必然の帰結でした。遺された者のためにある棺は、共同幻想としての秘匿された死を象徴し、普遍性と聖性をまといます。 遠藤利克『寓話Ⅴ-鉛の柩』 2016年 350×120×100cm 作家蔵 会場展示風景から

この個展に合わせてつくられた新作は、美術館の吹き抜けに展示されます。救済と聖性のイメージが、見慣れた空間にいつもとは異なる力学を生じさせているのを感じて。 遠藤利克 『空洞説-薬療師の舟』 2017年 108×790×100cm 作家蔵 会場展示風景(階上から)

「遠藤利克―聖性の考古学」

開催期間:~8月31日(木)
開催場所:埼玉県立近代美術館
埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1
開館時間:10時~17時30分 (入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜
TEL:048-824-0111
観覧料:一般1100円 (併せてMOMASコレクションも観覧可能)
http://www.pref.spec.ed.jp/momas/