人間にとっての「春」を撮る。

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    『志賀理江子 ヒューマン・スプリング』

    東京都写真美術館

    人間にとっての「春」を撮る。

    川上典李子エディター/ジャーナリスト

    すべて『ヒューマン・スプリング』2018年 作家蔵。人間の心の衝動、反動に焦点を当て、人々と出会いながら制作を続ける志賀理江子。「毎年春、桜が芽吹く数日前に、全くの別人になる人」との出会いが本シリーズの契機となった。プリントは現代では難しい超大型の発色現像方式印画。被写体を等身大以上で表現したインスタレーションにも注目したい。© Lieko Shiga

    © Lieko Shiga

    © Lieko Shiga

    「写真は自分の生そのものとつながっているのだという意識がある。生きるか死ぬかの深い問題として写真がある」
    志賀理江子が以前に語ったその言葉の、「深い問題」に興味をそそられる。 滞在制作で2006年に初めて東北を訪れた志賀は、08年秋に宮城県の名取市にアトリエを構えた。ここに住みたい、と決めた北釜の地。最初は「北釜の専属カメラマン」として、地域の催事や行事の記録を撮影していた。やがて東日本大震災が発生。志賀はカメラを手に、人々との対話を重ねながら作品制作を再開していく。
    その後彼女は、「人間とはなにか」という考察を進めてきた。自らの実感と体験を経て「かねてからやらなくてはならないと思っていた題材」に取り組むにあたり重要だったこと、それは、「春」に展示することだったという。
    向き合ったのは「人間と春」だ。冬から春、私たちは自然の劇的な変化を知る。けれど我々人間もまた自然の一部であり、存在の証しとしての身体がある。こうした人間と自然、さらには宇宙との関係をも洞察すること。あるいは本能やエネルギー、他者との関わりの中で湧きおこる多様な感情、人間の内に潜む情動など、さまざまなものを視覚化する試み。それを志賀は「ヒューマン・スプリング」と名付けた。 「時には残酷にも不気味にも、暴力的とも感じられるようなイメージは、身体のなかに存在する自然、生と死の境界を覚醒させるトリガー」と東京都写真美術館の丹羽晴美は語る。「志賀にとって写真は、『死の裏返しとして浮き彫りにされた生』を確かめるものです」
    人間そのものを捉え直そうとし、人々の協力を新たに募っての制作など、約100点におよぶ新作が並ぶ。志賀がこだわる生々しいプリントの質感で等身大を超えるスケールのインスタレーションは気迫に満ち、あふれ出る生命の力に触れる思いだ。

    『志賀理江子 ヒューマン・スプリング』
    開催中~5/6
    東京都写真美術館
    TEL:03-3280-0099
    開館時間:10時~18時(木曜、金曜は20時まで) ※入館は閉館の30分前まで
    休館日:月(4/29、5/6は開館)
    料金:一般¥700(税込)
    www.topmuseum.jp