入口から「グランドセイコースタジオ 雫石」を見る。ぐっと跳ね上がった屋根が特徴だ。
1970年、岩手県雫石町に設立された「盛岡セイコー工業」は現在、セイコーにおける高級機械式腕時計の重要な製造拠点である。ここにはムーブメントパーツを製造し、仕上げ、組み立てるというマニュファクチュールとしての機能が集まっている。さらに2004年にはグランドセイコーを中心とした高級機械式モデルを製造するために「雫石高級時計工房」がスタート。時計づくりの様子を見学できるようになっており、国内外からのジャーナリストや時計愛好家からも好評だった。
そして、2020年に完成したのが、この「グランドセイコースタジオ 雫石」。グランドセイコーに特化した組み立て工房であり、敷地内で製造されたパーツがここに運ばれ、ムーブメントの組み立てやケーシング、クオリティチェックなどを経て全世界へと出荷される。同時に、見学者のためのコースやセミナールーム、ラウンジも完備しており、グランドセイコーのものづくりの思想を世界へと発信する場所となるのだ。
服部真二。セイコーホールディングス代表取締役会長 兼 グループCEO 兼 グループCCO。1953年東京都生まれ。84年に精工舎に入社し、2012年より現職、20年よりグループCCOを兼務。セイコーウオッチでは2003年社長就任、17年より会長兼CEOに。音楽やスポーツに対する造詣も深い。
「2020年はグランドセイコーの誕生60周年となります。2010年のバーゼルワールドで、グランドセイコーを世界ブランドへと導くと宣言し、2017年にはブランドとして独立。デザイン領域を広げるとともに、海外展開を本格化させました。10年前はグランドセイコーの海外拠点はほとんどありませんでしたが、今では世界各地にブティックがあります。そして2020年には、パリのヴァンドーム広場にブティックをオープンさせました。いよいよ“世界のグランドセイコー”となりつつあるタイミングだからこそ、次は“腕時計製造の聖地”が必要ではないかと考えたのです」と語るのは、セイコーグループを率いる服部真二。
「グランドセイコーのブランドフィロソフィーである『The Nature of Time』のNatureには“自然”という意味がありますが、日本人は自然の移り変わりを敏感にとらえる感性があります。さらにNatureには“本質”という意味もある。グランドセイコーは実用時計の最高峰を目指し、視認性や耐久性、精度を磨いてきました。つまりグランドセイコーは“時計の本質”を追求してきました。そしてこの美しい森に囲まれたグランドセイコースタジオ 雫石は、まさに『The Nature of Time』を具現化しているのです」と、その意義を語った。
隈研吾。建築家、1954年神奈川県出身。1990年に隈研吾建築都市設計事務所を設立。近年の代表作に、新国立競技場や高輪ゲートウェイ駅がある。
「グランドセイコーのブランドフィロソフィである『The Nature of Time』は、僕が建築で表現したいことと同じでした。時間を超えた永遠の価値を意識しているからこそ、すんなりと受け入れられました。プランを立てるためにこの場所を視察しましたが、岩手山がこれほど近く、そして綺麗に見えるとは驚きでした。これは他にはない条件ですから、絶対にプランに取り入れたい。全てはそこから始まりました」と語るのは、いまやグローバルブランドとなったグランドセイコーの世界観を建築によって体現する建築家の隈研吾。
「大きなチャレンジだったのは、木造でありながら精密な時計を組み立てるためにクリーンルーム(清浄な空気が保たれている部屋)をつくることでした。工場イコール四角い箱というイメージがありますが、四角い箱はどこにでもあるもので、周囲の環境とは関係ない。しかしここには美しい自然がある。周囲を囲む森に配慮し、岩手山に配慮する、屋根のある建物をつくりたかった。屋根というのは、周囲の環境との関係からデザインされるものだからです。木造で屋根のある建物は、住宅など生活空間に用いられることが多い。それを工場という生産施設に用いることは、いままでにないチャレンジだったのです」
広いクリーンルームを支える構造体となっている廊下部分。見学者の通路でもあり、外と中を緩やかに繋ぐ役目も果たしている。
リズムよく柱を立てる構造になっている「グランドセイコースタジオ 雫石」。この模型は2階のラウンジに展示されている。
“木造でクリーンルームをつくる”という隈研吾の挑戦とは、どういうことか。そもそも木造は強度が劣るので、どうしても梁などの水平材を取り入れる必要がある。しかし水平材は埃がたまりやすいので、清浄な空気を保つ必要があるクリーンルームには不向きだ。従来の組み立て工場のクリーンルームが頑丈な鉄骨造やRC造でつくられているのは、強度を出すための梁などの水平材が不要であるからであり、木造でクリーンルームをつくるというのは例を見ないことだ。
ではどうやってこの難問をクリアしたのか。その解決方法はクリーンルームを挟むように配置した二つの廊下にあった。廊下部分に建物の重さを支える構造を集中させることで、クリーンルーム内に小屋梁をつくらない構造を実現し、2つの廊下は岩手山側を見学者の通路とし、裏側の廊下をスタッフ用とすることで理想的な動線も確保した。
木造でクリーンルームをつくるという前代未聞の試みは、数々の木造建築を手がけてきた隈研吾の知識と経験によって、こうして成功へと導かれたのだ。