表紙に選んだのは、1998年のラフォーレ原宿のキャンペーンビジュアル。インパクトのある70年代風の広告写真は、ロケーション、キャスティング、メイク、そして下着のセレクトまで、あらゆる要素に大貫さんの考えが反映されています。
大貫卓也さんの新しい作品集『Advertising is』を手にした人は、まずそのボリュームに目を見張ることでしょう。この本は、多摩美術大学で学んだ70年代のイラストレーションに始まり、広告代理店の博報堂で制作した「としまえん」「カップヌードル」などの広告、そして1993年に独立してから近年に至るまでの仕事のほとんどを網羅したものです。
「この本の厚さも大きさも、僕にとっては広告なんです。いかに多くの人の気を引くものになるかを、常に考えているからです。自分がやってきたすべての基本は広告であって、それは機能するコミュニケーションをつくるということ。本をつくる時も、発想の仕方は変わりません」と大貫さん。印象的な表紙の写真は、1997~98年のラフォーレ原宿のキャンペーン「NUDE OR LAFORET」のために制作されたものです。
「いま、世の中で主流になっているフラットでノイズのないデザインに対して、僕の本としてアイコンになるビジュアルがなにかを考えて、これにしました。自分の作品集だからといって、好き嫌いで選んでいるわけではないんです」
大貫卓也さんは1958年生まれ。多摩美術大学卒業後、博報堂に入社して早々に頭角を現し、1993年に独立。数多くの商品やブランドの広告を手がける、この分野の第一人者です。
そもそも、なぜこのタイミングで、大貫さんは作品集を発表したのでしょうか。
「この本が、デザインというものに興味をもっている多くの人たちのためになればいいと考えました。自分が若い頃とは違って、いまは広告やデザインが憧れの対象ではありません。クリエイティブの仕事が、なにか新しいものを生み出していくというよりも、要領よくクライアントの条件を埋めていくだけの作業になってきています。しかし、僕は多くの広告制作を通してコミュニケーションの本質を学んできたし、広告コミュニケーションによって世の中だって変えることができることを実感してきました。さらに広告コミュニケーションはあらゆることに応用できるんです。僕もこんな年齢になって、その力を伝える責任があると感じるようになりました」
世の中にはデザインのハウツーを簡潔に伝える書籍があふれています。しかし、それでは伝わりきらないことが、この本にはぎっしり詰まっています。ビジュアルカタログとしての充実度はもちろん、今回のために自身で書き下ろしたテキストも1冊の本が出来上がってしまうほどのボリューム。個々の仕事のプロセスに、想像を超える努力があったことがわかります。
「スマートで簡単でかっこいいことばかりではなく、汗をかくことの価値を伝えるべきだと思いました。ブックデザインもすごくシンプルにするか、すごく過剰にするか、どちらにしても極端なもののほうが確実に世の中に届く。これも広告と一緒です」
2000年に展開したペプシコーラの「ペプシマン」のフィギュア付きキャップ。当時、店頭に並ぶ商品自体を広告メディアと捉える視点はとても斬新でした。作品集には多くのバリエーションを掲載しています。
言葉に頼らず情報を伝えるアメリカのビルボードアートに大きな影響を受けたという大貫さん。2002年のラフォーレ原宿の広告グラフィックは、そのビルボードアートをモチーフに。
よく目立ち、わかりやすく、個性的で、見れば見るほど好きになる。だから商品が売れ、その蓄積効果としてブランディングになる。カップヌードルの1992年のテレビCMは、大貫さんが理想とする広告手法が確立された時期のもの。
店頭からペプシコーラが姿を消すほど話題になった「ペプシマン」、ファッションビルのラフォーレのイメージを確立した屋外広告、そして「hungry?」というひと言を際立たせてカップヌードルの魅力を訴えたテレビCM。これらの有名な仕事の裏側にも、さまざまな苦しみと楽しさがあったのです。さらにこの本の中には、効果的なコミュニケーションを生み出すコツが、随所にちりばめられています。20年以上前の広告も昨日のことのように詳しく説明できる、大貫さんの記憶力に驚かずにはいられません。
「感覚的に見える仕事もすべてロジカルに考えていたので、ずっと忘れないんです。すべてのデザイン行為には理由があるわけです。僕は昔からすべての広告はブランド広告だと思ってきたから、チラシ1枚のデザインまでも無駄にせず、積み重ねることでブランドにつなげてきた。さらに頼まれなくても社長みたいに5年先のことまで考えるんだから、相手にとっては迷惑かもしれない(笑)。でも大風呂敷を広げているわけではなく、5年先までのビジョンが見えてから、目の前の一つひとつのことをやっていくということです」
大貫さんのプロフェッショナリズムは、あらゆる仕事の考え方や進め方に一貫しているのです。