人類の未来を創るパイオニアたちを支援する「ロレックス賞」とは?

  • 文:並木浩一

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今年6月、ロレックス賞の受賞者5名が発表されました。いずれの受賞者も、「人類の知識・福利の向上に貢献する独創的なプロジェクトに取り組むパイオニア」たちです。次回のロレックス賞の募集もスタートし、日本からの積極的な応募も期待されています。

ロレックス賞の授賞式の様子。賞の対象となる“エンタープライズ”とは本来、「大胆で困難な企て、冒険的な事業、進取の気象」の意味。photo:©Rolex/Bart Michiels

ロレックス賞をご存知ですか? 同賞は、世界的な腕時計メーカーのロレックスが世界初の防水腕時計「ロレックス オイスター」の誕生50周年を記念して、1976年に創設されました。これまでの受賞者は150名を数えます。授賞の対象は「私たちの世界の知識を高め、地球上のクオリティ・オブ・ライフを向上させる画期的なプロジェクトをもつ個人」。

人類に貢献する独創的な活動を行いながらも、スポンサーの支援などを得ることは簡単ではありません。誰かが支援しなければならないはずの使命を、ロレックス賞が引き受けたのです。今年の受賞者たちの活動を紹介しながら、この賞の意義を明らかにします。

「リサイクルできないプラスティック」を、有益な物質に変える起業家。

今年の受賞者のひとりである、カナダ人のミランダ・ワン。25歳ながら起業家として自分の会社“BioCellection”を設立、世界の廃棄物問題に立ち向かっています。photo:©Rolex/Bart Michiels

ミランダ・ワンが世界の廃棄物問題の解決をこころざしたのは、まだ10代の学生だった頃です。彼女はそれをただの夢に終わらせることなく、やがて自分の会社Bio Cellectionをシリコンバレーに共同設立し、リサイクル不能な汚染プラスティック(ポリエチレンなど)を、再生可能で高品質な化学物質に変える技術を開発しています。この技術は、廃棄物処理場に積み上げられた行き場のない汚染プラスティックを、高い市場性をもつ商品に変えてしまうのです。現在、10分の1以下しかリサイクルされていないと言われるプラスティックの厄介な問題に、ミランダ・ワンのプロジェクトは明るい展望をひらきました。

ワンはいま、2023年までに45,500トンのプラスチック廃棄物をリサイクルする工場を計画中。役立つ製品を生産し、しかも32万トンの二酸化炭素排出量を削減できます。photo:©Rolex/Bart Michiels
プラスティックが全てリサイクル可能というわけではありません。実は汚染やその他の問題のため、世界の年間生産量のうち、収集しても1割以下しか再利用されないのが現状なのです。photo:©Rolex/Bart Michiels

ロレックス賞は彼女のような“人類の知識や福利の向上”に貢献する独創的プロジェクトを支援するものです。受賞者にはプロジェクトを遂行するための助成金20万スイスフラン等が贈られます。助成金そのものが重要な支援であるのはもちろんですが、ロレックスという圧倒的な知名度をもつ賞を受賞することは、受賞者自身が国際的な知名度を得ることにもなります。それはプロジェクトの科学的な価値、それを遂行する人間の倫理性への、永続的で絶対的な信頼につながるといってもいいでしょう。まだ若いワンにとって、ロレックス賞は目的達成の追い風になるに違いありません。18歳以上であれば応募できるロレックス賞は、若き革新者たちにも門戸を開いています。

ワンは18歳のとき、プラスティックを分解し、効率的に食べる土壌バクテリアを友人とともに発見しました。それが現在の研究につながる重要なきっかけとなりました。photo:©Rolex/Bart Michiels
バクテリアが行なう分解のような生物学的な現象をヒントに、より効率的な化学的方法を見出す研究が、ワンの会社で続けられています。photo:©Rolex/Bart Michiels

彼女は、“汚れたビニール袋”や”使い捨ての包装材”など、リサイクルできず、活用されていないプラスチックを利用し、放っておけばただ蓄積されるだけのこれらの廃棄物を、数々の独自技術を駆使して工業化学物質に転換。再生されたそれらのマテリアルは、自動車や電子機器、繊維や洗浄剤などの製造に利用されます。世界の未来に暗い影を落とすプラスティック廃棄物の問題に、目を背けることなく堂々と立ち向かうこのプロジェクトの推進者は明るい希望をもたらします。

巨大魚ピラルクーを救い、アマゾンの地域社会を助ける水産生態学者。

ロレックス賞受賞者ジョアン・カンポス=シルバと、アマゾンに生息する巨大魚ピラルクー。種の絶滅を救うだけでなく、地域社会を守ることも視野に入れています。photo:©Rolex/Marc Latzel

次にご紹介するロレックス賞受賞者は、ブラジル人水産生態学者のジョアン・カンポス=シルバ。彼が取り組むのは、アマゾンの巨大魚“ピラルクー”に関する活動です。近年ピラルクーは乱獲や生息地の分断、水質汚染などにより、多くの地域で個体数が激減、絶滅の危機に瀕しています。 カンポス=シルバはこの“現状を変える”プロジェクトを開始しました。ピラルクーを救うだけでなく、地域のコミュニティに生活の向上をもたらすことができると考え、実行に移したのです。

カンポス=シルバが活動するアマゾン西部。2年間をかけて40を超えるコミュニティを訪問、地域とのつながりを深めてきました。photo:©Rolex/Marc Latzel
アマゾン川の主要な支流であるジュルア川流域が、カンポス=シルバの活動の中心です。博士号に向けた研究が、やがてこの地域全体の問題に目を向けさせることに。photo:©Rolex/Marc Latzel

最大3m、体重200kgにもなる世界最大級の淡水魚ピラルクーは、地域の住民にとっては貴重な食料資源でもあります。カンポス=シルバは現地の組織や漁業リーダーたちと密接な協力関係を結び、魚類資源の管理を通してピラルクーを増やす一方で、漁業によって豊かな恵みを受け取り、コミュニティを発展させることを目指したのです。画期的で独創的なその試みは、今までにない形での成果を現地にもたらしつつあります。

現地での調査や保護、資源管理プロジェクトは、先住民の協力のもとで行われています。文化的にも重要な存在であるピラルクーを守るプロジェクトに、地元の人々も共感しました。photo:©Rolex/Marc Latzel
ピラルクーの激減は、地元にとって非常に深刻な問題でした。それが増加に転じたことで、経済的な問題だけでなく地域コミュニティの絆を深めることにも繋がっています。photo:©Rolex/Marc Latzel

プロジェクトは現在も着々と進行しています。アマゾン西部で河川につながる湖の保護を行なった時には、協力する住民たちが港の入り口に家を建て、一年かけて環境保護に取り組み、乱獲もなくなりました。その結果、約50匹しかいなかったピラルクーは劇的に繁殖し、なんと4252匹にまで回復しました。地元が必要とする食料以上に増えたピラルクーがもたらす利益は、学校や健康センターなどコミュニティのインフラ整備につながり、さらに女性も初めて収入を得ることができたのです。野生生物の保護が人間の地域社会を救うというこの部分的実験の成功を糧に、彼は60のコミュニティで新たなプロジェクトを行う予定です。

脊髄損傷の患者が再び歩けるような研究を続ける医療科学者。

研究の成果である、脊髄電気刺激装置を手にしたグレゴワール・クルティーヌ。完全な全身麻痺状態から再び歩く希望を取り戻した患者らがトレーニングを行っています。photo:©Rolex/Sébastien Agnetti

脊髄の深刻な損傷が人々から歩行の自由を奪ってしまうことは、よく知られています。歩けなくなったり、さらには全身が麻痺した患者を、再び自分の意思通りに歩けるようにするという、奇跡的なゴールに向けて研究を行なっているのが、スイス・ローザンヌを拠点にするフランス人医療科学者、グレゴワール・クルティーヌです。現在進行中の研究が完成すれば、世界中の脊髄損傷の患者が再び歩けるようになるという夢が、現実のものになるのです。

屋根からの転落事故で全身麻痺となっていた男性は、外部からのコントロールにより、身体に埋め込まれた機械が電気刺激を発生することで、ふたたび足を動かせるようになりました。photo:©Rolex/Sébastien Agnetti
クルティーヌの研究目標は、外部からではなく患者自身の脳からの信号によって電気刺激を脚に伝え、思う通りに歩くことを可能にすることです。photo:©Rolex/Sébastien Agnetti

健常者が何も意識せずに歩けるのは、脳から“歩け”という命令が出て、脊髄を経由して脚に伝わっているからです。しかし、脊椎損傷によってその伝達経路が途絶してしまうと、脚自体には問題がなくても歩くことができません。クルティーヌによって開発された体内に埋め込むユニットは、外部からの指示で作動して、下肢に電気信号で命令を送り、脊椎損傷の患者であっても歩くことを可能にします。彼はさらに、患者自身の脳から発した信号をワイヤレス技術によってこの脊髄電気刺激装置のユニットに送る仕組みを開発しようとしています。つまり、自分の意思によって、再び歩くことを可能にするのです。

脊髄電気刺激装置を体内に埋め込んだ患者、ダヴィッド・ムゼーさん。半年のトレーニングの後に、補助具を使いながらも、自力で歩くことがができるようになりました。photo:©Rolex/Sébastien Agnetti
ムゼーさんは7年前に体操競技中の事故で歩行の自由を失い、その後半年のトレーニングでクルティーヌの開発した装置により再び歩けた日を、「人生を変えた日」と振り返ります。photo:©Rolex/Sébastien Agnetti

クルティーヌが研究を始めたきっかけは約20年前、歩行の自由を失った同年代のアスリートとの偶然の出会いであったといいます。自身もロッククライマーであるクルティーヌの目標通り、脳と脊髄をつなぐ完全移植型のインターフェイスが誕生すれば、脊髄損傷により歩行困難な人々のための治療法は根本的に変わるでしょう。それは、決して夢物語ではありません。ロレックス賞の選考過程では、そのプロジェクトの目標を実現できるかどうか、綿密な審査が行われます。

野生動物による被害補償を支援し、報復を回避する保全科学者。

インド人保全科学者のクリティ・カランス。科学者で自然活動家であった父のもと、野生動物を「わくわくしながら眺める」少女時代を送ったそう。photo:©Rolex/Marc Shoul
野生動物による被害の絶えない地域で活動するカランス。インド政府による、野生動物の被害に対する補償を受けた人々は、ほんの一部に過ぎないと推定しています。photo:©Rolex/Marc Shoul

インドで活動する保全科学者のクリティ・カランスは、ゾウやトラやヒョウなどの野生動物による農作物や家畜の被害にあった農民らが、損害の賠償をインド政府に申告する支援を行なっています。2015年、彼女が設立した『Wild Seve』は、現在までに6,400世帯のために200万ドル相当、14,000件の請求を申し立てています。この活動は、さらに損害が補償されることで、人々の野生動物への報復を回避するというメリットをもたらします。また彼女は地域の学校300校で、2万人もの子供たちに自然保護教育プログラムを実施しました。ロレックス賞は過去40年間にわたって、こうした自然界の種とその生息地の保護に貢献するプロジェクトを支援してきました。


マラリアへの感染を、約2分で判定する機器を開発したITスペシャリスト

ウガンダ人ITスペシャリストのブライアン・ジッタ。サハラ以南で猛威を振るうマラリアへの感染を、採血なしで信頼性の高い測定ができる電子機器を開発しました。 photo:©Rolex/Joan Bardeletti
ジッタのアイデアは、光と磁気を使い、わずか2分間で測定結果を導く機器。病院にマラリア検査のための長蛇の列ができることもなく、また感染確定後には直ちに投薬を決定できます。photo:©Rolex/Joan Bardeletti

全世界で2億2000万人が感染し、推計43万5,000人が死亡する(2018年11月の統計・厚生労働省検疫所公表データ)マラリアは、サハラ以南のアフリカでは特に深刻な脅威となっています。感染したら早期に適切な抗マラリア薬を投与することが望ましいのですが、医療現場では診断のための検査がネックとなっています。採血を必要とする検査は時間がかかりすぎるのです。ジッタは採血を必要とせず、機器に指を差し込むだけで、これまでの15倍の速さで検査が可能な電子機器を開発し、現在は臨床試験の段階にあります。ロレックス賞はこのような、科学と健康における進歩の先駆けとなる、画期的なアイデアに注目。そのプロジェクトに寄り添っています。

2019年の受賞者5名。ロレックス賞は人種、国籍、性別を問わず、地球上のクオリティ・オブ・ライフを向上させる画期的なプロジェクトを行っている、18歳以上のすべての人が応募できます。photo:©Rolex/Bart Michiels
授賞式会場の様子。受賞者は国際的な知名度を得るとともに、プロジェクト遂行のために20万スイスフランとロレックス クロノメーターの腕時計が贈られます。photo:©Rolex/Bart Michiels

2021年に発表される次回のロレックス賞の応募はすでに始まっています。対象となるプロジェクトは科学と医療、応用技術、探検、文化遺産、環境の5分野。今回の受賞者を見てもわかる通り、受賞者は実に様々なバックグラウンドをもっています。私たちの世界の知識を高め、人類の生活の質を向上させる画期的なプロジェクトと、進取の気象を抱いた人々への支援は、ロレックスが設立以来継承する“卓越した個人への貢献”という伝統の一部なのです。

選考は、“活動を共にする仲間のレビュー”や評価、インタビューや“目的を実現できるかどうかの審査”など、多面的に行われます。最終選考に残ったファイナリストの中から、国際的な専門家からなる選考委員会により、受賞者が選ばれます。

2021年度 ロレックス賞への応募方法

1976年の創設以来、ロレックス賞には191ヶ国、34000人からの応募がありました。
最年少では24歳、最年長は74歳が受賞しています。

応募の手順は下記の通り。応募の締め切りは2020年4月15日です。

①ユーザーアカウントを作成。
ロレックス賞ウェブサイトの応募ページ(https://extranet.rolexawards.com/)にアクセスし、ユーザーアカウントを作成、ログインする。

②入力フォームに記入して応募する。
必要事項を入力フォームに英語で記入し、提出する。