フジテレビのトレンディ路線ドラマ第一作目『君の瞳をタイホする!』の主要キャストである、陣内孝則、浅野ゆう子、柳葉敏郎、三上博史らは、放映時アラサー世代だった。いまの感覚では若者の範疇に入る年齢だが、当時は若者ではなく大人だった。アラサーという言葉などなかった80年代、彼らに当てはまるのは“ヤングアダルト”である。こちらは現在では使われなくなった言葉だ。英語圏での“young adult”の意味とは違って、若者寄りの中年といった感じだろうか。ちなみに若者役としては、20歳だった蓮舫が出演している。合コンが好きな軽いノリの婦警の役だ。
アフター5に存分に遊び、流行の服を着て、仕事よりも恋愛を優先する。それがトレンディドラマの描いたライフスタイルだった。同時にこの時代には、大人がかっこいいという空気があった。ここでの大人とは、前出のトレンディなライフスタイルの大人というニュアンスである。かつてはなかった消費のふるまいが許されるようになってきた80年代。“ヤングアダルト”という言葉も、まさに新しい大人像を表す言葉だった。それは、実際の渋谷で1987年冬から1988年にかけてロケ撮影されたこのドラマの描き方にも表れていた。
『君の瞳をタイホする!』には、渋谷・西武百貨店の別館である渋谷西武シード館の売り場がよく登場した。脇役の石野真子が演じているのがシード館の販売員である。シード館は、1986年にオープンした西武デパートのインターナショナルブランドを集めたビル。彼女の担当する売り場には「CAPSULE(カプセル)」の文字が見える。70年代、国内の無名の若手クリエイターたちを起用したセレクトショップの先駆けともいえる売り場がカプセルだ。ここからコム デ ギャルソンや山本寛斎、イッセイミヤケなどが名を広めた。
ちなみにこのシード館には、ミニシアターでライブやイベントも行われたシードホール(1986~95年)もあった。シード館自体は、1999年に改装されてモヴィータ館に名称変更。いまでは無印良品がテナントを占めている。無印良品はセゾングループから離れて久しいが、生き残ったセゾン文化の代表的存在だ。
『君の瞳をタイホする!』の役柄の話をしておくと、浅野ゆう子は陣内たちの上司である私服刑事の佐藤真冬役。設定に男女雇用機会均等法施行(1986年)直後という時代背景も見える。小学生の娘をひとりで育てるシングルマザーでもあった。主役の陣内孝則は新人の刑事である沢田一樹。彼らは一様にDCブランドのスーツを着ている。70年代半ば〜80年代末にかけて盛り上がった、国内デザイナーズブランドによる既製服である。それまではモード・ファッション系のスーツを着た刑事はドラマの中でもいなかった。「公務員は、じじむさくて、給料が安くて」と沢田(陣内)が嘆く。安いボロアパートに住み、生活を切り詰めて服に給料をつぎ込んでいる。アパートに置かれている“BOY”というロゴのファンシーケースにあの時代の若者の物哀しさがにじんでいる。バブル時代だからといってだれもが金をもっていたわけでなかったのは事実。
一方、同僚の柳葉敏郎演じる土門は、親が建設大臣という設定。高級オーディオ、バーカウンターにスツールが備わった高級マンションに住んでいる。バブル期とお坊ちゃんブームは同時期の現象である。『踊る大捜査線』シリーズで警視庁キャリアの室井慎次役を演じることになる柳葉がこの時点で既に刑事を演じていたことにも触れておきたい。一方、三上博史演じる田島は、女性の前では優柔不断で引っ込み思案だが、犯人を前にした時は強気な刑事。東大出身という設定はドラマを通してあまり活きていない印象だが、“高学歴”“高身長”“高年収”の“3K”がもてはやされた時代でもあり、三上には“高学歴”の役割が与えられていたのだろう。