1950年代の初期作品が並ぶ。左が『ヴォルビリス』(1953年)。
ともにタイトルは『無題(レキシントン)』。1951年の作品。
サイ・トゥオンブリーは1928年、アメリカ・ヴァージニア州生まれ。展覧会は1950年代の初期の作品から始まります。写真の作品は、白地に黒、または黒地に白で描きなぐったような絵画です。この頃彼は、ロバート・ラウシェンバーグとともにヨーロッパや北アフリカに旅行していました。『ヴォルビリス』と題された作品はモロッコの古代遺跡の名をとったもの。よく「子どもの落書きのよう」と評される彼のスタイルは、この時点で既に確立されていました。もちろんそれは、トゥオンブリーが意識的につくり上げたものだったのです。
『コンモドゥスの9つの対話』(1963年)部分。絵の具を激しくたたきつけたような画面。
1960年に彼は家族とともにローマに移住しました。天井の高いアトリエで描かれた絵は大型化し、それまでになかった鮮やかな色彩が登場します。「アメリカではこんなカラフルな絵は描かなかった。外国に来て初めて感じた自由さが、僕の絵を変えたんだ」。トゥオンブリー自身はそう語っています。
『コンモドゥスの9つの対話』(1963年)の展示室。J.F.ケネディの暗殺直後に描かれたもの。当時の社会情勢も反映している。発表当時は酷評されたが、リチャード・セラやヨゼフ・ボイスにも影響を与えた。
『アテネの学堂』などにぽつぽつと現れていた赤い点は次第に大きくなり、カンバスの中央で燃え盛るようになります。『コンモドゥスの9つの対話』という9点組の絵画は紀元2世紀のローマ皇帝、コンモドゥスの名を引用したもの。18歳で即位したコンモドゥスは残酷で血なまぐさい暴君として知られています。白い絵の具が置かれたキャンバスが次第に飛び散る赤い絵の具で彩られていく様子は暗殺によってこの世を去った皇帝の生涯を暗示するようです。
『イリアムの50日』(1978年)。正面の絵には「アキレス」「ペトロクロス」などの文字が書き込まれている。
この頃彼はホメロスの叙事詩「イーリアス」をもとにした絵画『イリアムの50日』というシリーズも手がけていました。その中には花のような模様に「イーリアス」の登場人物である「アキレス」「ペトロクロス」と読める文字が描きこまれているものもあります。
『無題(ニューヨーク)』(1967年)。白い螺旋模様は下のほうに行くに従って大きくなり、画面から飛び出していくかのように感じられる。
コンモドゥスのシリーズから3年後にトゥオンブリーは「ブラックボード・ペインティング」と呼ばれる一連の作品を発表しました。黒板にチョークで線を引いたようなシリーズです。そのうちのひとつ、『無題(ニューヨーク)』は渦巻きが上から下へだんだんに大きくなっていくような作品。これも子どもの落書きのようですが、その言葉に対して彼はこう反論しています。「本当はすごく難しいんだ。子どもの落書きのような線を描くには、子どもの目で世界を見なくてはならない。つまり、感じることだ」