1983年、マイケル・ジャクソンが初めて“ムーンウォーク”を披露した瞬間、世界は、その幻想的なステップに目を奪われた。そのダンスは、前に歩いているように見せながら、実際には足を滑らせて後ろに下がっていく魔法のようなテクニック。だが、その奇跡を支えていたのは、意外にもダンスシューズではなく、一足のトラッドなローファーだった。
「大人の名品図鑑」マイケル・ジャクソン:ローファー編 Podcast
普遍の名品を、その歴史や周辺のカルチャーとともに徹底解説していく『大人の名品図鑑』の音声版。ここでは、動画や記事で紹介できなかったエピソードを中心にトークを展開する。案内人を務めるのは、編集者の小暮昌弘とスタイリストの井藤成一。毎月上旬に公開。
映画『Michael/マイケル』で蘇る伝説
“キング・オブ・ポップ”こと Michael Jackson の軌跡を描いた 『Michael/マイケル』は、音楽伝記映画のオープニングとして歴代No.1の興行収入を記録する大ヒットとなっている。監督はアントワーン・フークア、製作にはグレアム・キングが名を連ねる。主演を務めるのは、マイケルの兄ジャーメイン・ジャクソンの息子であり、マイケルの甥でもあるジャファー・ジャクソン。“まるでマイケルそのもの”と評される圧巻のパフォーマンスと歌唱力で高い評価を集めている。
ジャファーは2年におよぶ準備期間を経て撮影に臨み、足の感覚がなくなるまで毎日踊り続けたという。生前、マイケルがステージでダンスパフォーマンスを披露する時、その足元を支え続けた靴があった。トラッドシューズの永遠の定番ともいえるローファーである。
ムーンウォークが生まれた歴史的ステージ
映画の中でも再現されているが、マイケルには“伝説”として語り継がれる歴史的瞬間がある。1983年3月25日(テレビ放送は5月16日)、モータウン・レコード創立25周年記念の特別番組「Motown 25: Yesterday, Today, Forever」 だ。
マイケルはこのステージで新曲「ビリー・ジーン」を披露し、観客の前で初めて“ムーンウォーク”を見せた。足を交互に滑らせ、前に歩いているように見せながら後方へ移動する幻想的なステップ。それは4700万人と言われる視聴者をテレビ画面に釘付けにした、まさに伝説のパフォーマンスとなった。
『ムーンウォーク マイケル・ジャクソン自伝』(河出書房新社)の中で、マイケルは「ただ『ビリー・ジーン』の間奏の部分で、月の上を歩いているかのように、後ろと前に同時に歩いてみる、それだけでした」と振り返っている。
しかし、そのダンスは、マイケル自身が敬愛していたフレッド・アステアも絶賛したほどだった。以降、「ムーンウォーク」はマイケルの代名詞となっていく。
そして、この歴史的なステージで彼が履いていた靴がローファーだった。
マイケルだけの“ダンスシューズ”
長年にわたりマイケルの衣装デザインを手がけたマイケル・ブッシュの著書『キング・オブ・スタイル 衣装が語るマイケル・ジャクソンの世界』(河出書房新社)によれば、マイケルは子どもの頃からローファーを履いてダンスを覚え、ステージ上でなめらかに移動するため、「ゴム底は摩擦力が強いので、ダンス用の靴に使われる革に張り替える」という改造を施していたという。
しかも、その靴は誰にも触れさせなかったそうだ。どれほど華麗な衣装を纏っても、足元だけは履き慣れたローファーを選び続けたのである。
G.H.BASSが生んだローファーの原点
では、マイケル・ジャクソンはどこのローファーを愛用していたのだろうか。
いくつかのブランドを履いていたことが確認されているが、1983年にMTVで公開されたショートフィルム「スリラー」で着用したことで知られるのが、G.H.バス(G.H.BASS)のローファーである。
G.H.バスは1876年、アメリカ・メイン州ウィルトンで、ジョージ・ヘンリー・バスが創業したシューズブランドだ。労働者向けやパイロット向けのブーツで支持を集めたのち、1936年に「ウィージャンズ(WEEJUNS)」を発表する。
「ウィージャンズ」がローファーの定番になった理由
この名前の由来は「ノルウェーの」を意味する“Norwegians”。ノルウェーで履かれていたモカシン縫いの靴をベースに改良を重ね、ローファーの“元祖”と称される一足へと発展させた。
第35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディをはじめ、ポール・ニューマン、グレイス・ケリーら多くの著名人が愛用し、アイビーリーガーからビジネスマンまで幅広い層に親しまれてきた。
世界を魅了した足元の名品
そんな“アメリカの定番靴”だったローファーは、マイケルが履いた瞬間、ただの革靴ではなくなった。
世界中の観客を魅了した“ムーンウォーク”は、一足のローファーによって支えられていたのである。
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