職人の家に生まれ、家計を助けながら建築家を目指したガウディ。ものづくりへの情熱を持ち続け、仲間を大切にしながら、建築に人生を捧げたガウディの意外な側面を知る。
アントニ・ガウディが没後100年を迎える2026年、サグラダ・ファミリア教会のメインタワーがついに完成した。ガウディが残したメッセージを紐解くことが、大きな転換期を生きる我々にとって、未来への道標になるはずだ。
『ガウディとサグラダ・ファミリア』
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1. アルバイトを掛け持ちし、出来の悪い学生だった!?
在籍したバルセロナ建築学校での成績は、3段階評価で優と良が各2科目、合格が8科目、しかし再履修の科目もあった。自ら「大学では勉強のできない悪い学生であった」と回想しているが、実際は全学生の半数以上が不合格という厳しい採点基準だった。また当時は上京した父と姉、姪との同居生活も始まっており、複数の建築事務所でアルバイトをしていたガウディにとって、悪い出来ではなかったはずだ。
2. 職人の家系に生まれ、誇りにしていた
ガウディの家系は代々、銅板職人が多かった。平面からさまざまな道具をつくる父の姿を見て育ったガウディは、空間に対する感覚を身につけていたのだろう。病弱だった子ども時代も手を動かすのが得意だった。のちに建築家となって手掛けたカサ・ビセンスの鉄柵やバルコニー、グエル別邸の「ドラゴンの門」、パラウ・グエルの門扉や室内の鉄細工装飾などで、その才能が開花してゆく。
3. 女性には縁がなく、生涯独身だった
晩年は聖人と評されるガウディだが、青年時代は女性を愛し結婚を望んだ時期もあった。しかしガウディが愛した相手は、尼僧を志す女性、離婚手続き中の女性、婚約中の外国人女性など一筋縄ではいかず、実を結ぶことはなかった。生来の恥ずかしがり屋な性格もあって、結婚を断念。以降、煩悩に悩まされることなく、すべての時間を建築に捧げていくことになる。
4. スケッチや実験など、手を動かすのが得意
ガウディは「図面は検討のために描くもので、一時的なものだ」と述べており、頻繁にスケッチを描いていた。また模型や実験のために時間を費やしていたことからも、3次元的空間で設計の構想を練っていたことがわかる。紐とおもりで懸垂曲線をつくり出し、それを逆さにしたアーチを建築に活かそうとする「逆さ吊り実験」はその最たる例といえよう。
5. その才能を見抜いた、偉大なるパトロン
デビュー当時、後ろ盾がなかったガウディの偉大なパトロンとなったのが、バルセロナの名士エウゼビ・グエイ(スペイン語ではエウセビ・グエル)だ。芸術に造詣の深いグエイは、ガウディの才能を見抜くと次々と仕事を依頼。ガウディはグエル別邸の計画案で20以上のファサード案を提出した。グエイはコロニア・グエル教会で10年間もガウディの実験を容認し、公園設計へ莫大な資金提供をするなど信頼関係が見て取れる。
6. 職人たちを大切にし、働きやすい環境を重視
堅物な印象のあるガウディだが、現場では立場に関係なく誰とでも話をし、職人にあだ名をつけてコミュニケーションをとっていた。一方的に課題を押し付けるのではなく、謎かけをしながら個々の発見を大切にしたのだ。各人の中から湧き上がってくる力を集結させた時に、サグラダ・ファミリア教会のような壮大な建築物が出来上がるのであろう。
7. 精神の危機に際し、断食を決行する
サグラダ・ファミリア教会の「降誕のファサード」着工翌年の1894年、ガウディはより深いキリスト教の精神世界を追い求め、40日間の断食に入る。未完のプロジェクトも多く、世の不条理や自らの無力を思い知り死の淵をさまよったガウディだったが、「教会に命を捧げることこそ神の望みではないか」とのトーラス神父の助言によって生還を果たした。
8. 晩年は自ら寄付を集め、教会に身を捧げた
ガウディはグエイ伯爵やコミューリャス侯爵らの仕事で得た財産を学校や修道院、サグラダ・ファミリア教会建設に寄付し、自らは無一文となってしまう。やがて教会のための資金が不足すると自ら信者の家々を回り、寄付を募る極貧生活を余儀なくされた。こうしてガウディは教会とともに精神性を高めながら「神の建築家」の道を歩む。
9. 警察沙汰でもゆるがない、カタルーニャ人の誇り
ガウディは72歳のとき、警察官の職務質問に対し公用語のスペイン語で答えず、カタルーニャ語で押し通したため、4時間拘束されている。19世紀後半、繊維業界をはじめとする産業革命に沸いたカタルーニャの黄金時代に活躍したガウディにとって、歴史的な繁栄の象徴である地中海文明こそが自らの生命線と考えるようになっていたのだ。
10. バルセロナ発展の立役者として尽力
仕事を終え、晩のミサのためにサグラダ・ファミリア教会を出たガウディは、道路を渡ろうとして路面電車に接触し激しく横転。身元不明の老人として病院に運ばれたのは夜中過ぎだった。その3日後、職人たちに囲まれて息を引き取る。葬儀に際し沿道は大勢の市民で埋め尽くされた。街に残る数々のガウディの建築物はバルセロナ発展のシンボルであり、人々に愛され続けている。
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