近代日本の版画史に新たな光を当てる展覧会『トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで』が、東京・丸の内の三菱一号館美術館で開催されている。明治期に活躍した最後の浮世絵師・小林清親から、吉田博、川瀬巴水らへと連なる風景版画の系譜を、スミソニアン国立アジア美術館のミュラー・コレクションを通して紹介している。
浮世絵が黄昏を迎えた時代、新たに「光線画」で人気を得た絵師とは?
浮世絵の最盛期は江戸後期に位置づけられるが、その伝統は明治期に入ってもすぐに絶えたわけではない。文明開化を題材とした開化絵が盛んに制作されると、月岡芳年らが同時代に活躍を続けた。しかし銅版画といった新たな印刷技術の発達、さらに写真や新聞・雑誌などのメディアの台頭によって、木版による浮世絵は次第に勢いを失い、「トワイライト(黄昏)」の時代を迎える。
小林清親とは、そうした黄昏期にあって、陰翳の中の光の繊細な変化を描いた絵師のひとり。幕臣の家に生まれ、鳥羽・伏見の戦いに加わると、幕府の崩壊を経て剣術で生計を立てながら独学で絵を学ぶ。そして1876年から刊行された『東京名所図』のシリーズにて、江戸の情緒を残す東京の風景を光と影の移ろいの中にとらえ、「光線画」と称されて高い人気を博した。
小林清親から井上安治、そして知られざる小倉柳村まで
清親の『高輪牛町朧月景』とは、高輪に築かれた堤のうえを、1872年に新橋横浜間を開通した鉄道が走る様子を描いたもの。明かりを灯して進みゆく蒸気機関車を、かつて月見の名所として知られた高輪の夜景の中へ溶け込むように表している。また『川崎月海』も月明かりを効果的に用いた一枚だ。停泊する帆船から放たれた大砲の閃光が水面に反射する瞬間を、繊細な筆致で描き出している。
この清親に学び、「光線画」の画風を受け継いだ井上安治の作品も魅力に満ちている。『銀座商店夜景』では、ガス灯によって夜も明るく照らされるようになった明治期の商店を、明暗の対比を駆使して生き生きと表している。また現存作はわずか1年間に集中し、生涯の詳細は明らかでないものの、小倉柳村も清親の影響を受けた人物だ。『浅草観音夜景』に見られる澄明な画面には、光と闇のはざまを捉えた独特の静謐さが漂う。---fadeinPager---
吉田博と川瀬巴水らの新版画の名品も充実!
浮世絵の衰退を憂い、良質で新しい版画をつくり出そうとした版元の渡邊庄三郎。この渡邊と協働したのが、高橋松亭や吉田博、それに新版画を代表する川瀬巴水だ。そのうち吉田博は、渡邊が下絵を依頼したことによって新版画制作をはじめた洋画家で、色彩美にあふれた『穂高山』や帆船を描いた作品を見ることができる。吉田は3度目の渡米後、渡邊のもとを離れ、自らの監修にて木版画を制作するようになる。
巴水の作品では、三菱の深川別邸を題材とした『三菱深川別邸の図』のシリーズに目を向けたい。現在の清澄庭園(当時の深川親睦園)は、岩崎彌太郎が大名下屋敷を買い取って整備し、1880年に開園したもので、三菱社員の慰安や迎賓館として用いられた。巴水は1920年、三菱社から風景版画の制作を依頼されると、大泉水や洋館など全8図を描いている。これらの版画は海外向けのノベルティとして配布されたため、巴水の名が国際的に知られる契機となった。
浮世絵と写真が織りなす、さまざまな関わり
写真と木版画の関わりにも注目したい。写真技術の登場は木版画に大きな変化をもたらしたが、それは脅威だっただけでなく、新たな創造を促す契機ともなった。版画家たちは写真の構図や光の効果を取り入れながら、表現の可能性を探っていく。その中から、清親らによる「トワイライト」、つまり夜景を主題とした作品群が生まれる。また明治期の写真に見られる独特の手彩色も、木版画工房で修業した絵師たちの技が支えていた。
本展ではアメリカ・ワシントンD.C.にあるスミソニアン国立アジア美術館から、選りすぐりの浮世絵や新版画、写真など約130点を借用。またコレクターのミュラーが生涯をかけて蒐集したコレクションは質の高いことでも知られ、どの作品も時に水彩画と見紛うほどの鮮やかな色彩をたたえている。その清澄な光と影の表現を通して、近代の版画家たちによる「トワイライト」の美をあらためて実感したい。
『トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで』
開催期間:開催中~2026年5月24日(日)
開催場所:三菱一号館美術館
東京都千代田区丸の内2-6-2
開館時間:10時〜18時 ※入館は閉館時間の30分前まで
※祝日除く金曜日、第2水曜日、会期最終週平日は20時まで
休館日:月 ※祝日、振休を除く
※開館記念日の4/6、トークフリーデー(3/30、4/27)、5/18は開館
観覧料:一般 ¥2,300
https://mimt.jp/ex_sp/shin-hanga









