【原爆ドームを真上から】初のドローン撮影が映すヒロシマ。巨匠・アルフレド・ジャーが問いかける、世界との向き合い方

  • 文&写真:はろるど
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『明日は明日の陽が昇る』 2025年 本展のために新たに制作された作品。2つのライトボックスが互いに向かい合うように配置され、床に置かれた日の丸の真上に、天井から吊り下げられた星条旗が光っている。一見、日米の従属的な関係を示唆しているようにも見えるが、必ずしもそうではなく、下方の日の丸からは抵抗の光、解放の意味が仄めかされているという。

チリ出身のアーティスト、アルフレド・ジャーの個展『アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち』が、東京オペラシティ アートギャラリーで開催されている。社会の不均衡や世界各地で起こる問題に向き合いながら、私たちに「よく見ること」や「考えること」の意味を問いかける作品の数々を、作家の言葉を交えて読み解いていく。

世界を取り巻く諸問題を題材に、作品をつくり続ける

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『アメリカのためのロゴ』 1987年 アメリカ合衆国はいつも南北アメリカ大陸を従わせようとしていると指摘するジャー。商業広告のあいまにアーティストのメッセージを挿入するプログラム、「Messages to the Public」の一環として制作された。

1982年に渡米して以来、ニューヨークを拠点に活動を続けるジャー。86年にはヴェネツィア・ビエンナーレ、翌年にはドクメンタに招かれ、両展に参加した初のラテンアメリカ出身作家として注目を集める。彼の根底にある姿勢は、誰かを糾弾するのではなく、世界を検証するための詩的なモデルを構築すること。東京の美術館で初となる本展では、「なぜ作家は、他者の不幸や世界の紛争を題材に作品をつくり続けるのか」という問いを、美術館との対話の中で掘り下げてきた。

その過程で見えてきたのは、「遠い国の悲劇は他者の物語に見えかねない。しかし同じ地球上に生きる人間である限り、無関係ではなく、日々の選択を通じて世界と結びつく当事者である」という視点だ。会場では、1970年代の初期作から代表作、そして2023年に広島の展覧会にて発表された大型作品などを通して、ジャーが問い続けてきた「世界との関わり方」を体感することができる。

ライトボックスに映された炎の向こうに見え隠れするもの

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『エウロパ』 1984年 炎は戦火と解釈できるものの、怒りや憎しみ、悲しみ、権力をめぐる欲望など、戦いに関わったすべての人の心の内を象徴するものとしても読み取れる。

国境と認識をめぐる『アメリカのためのロゴ』とは、1987年にニューヨークのタイムズ・スクエアで上映された電子ビルボート作品に基づくもの。アメリカ合衆国の地図や「THIS IS NOT AMERICA(これはアメリカでない)」などの文字が現れ、やがて「AMERICA」と記された大陸全体の輪郭へと変化していく。そこに「アメリカという言葉は合衆国一国を指すものではなく、南北アメリカ大陸全体を意味している」というジャーのメッセージが垣間見える。

6面のライトボックスと30枚のミラーによって構成された『エウロパ』にも注目したい。全面にオレンジ色の輝きを放つのは、1990年代初頭のボスニア紛争によって都市を覆った炎のイメージ。中を覗き込むと、狭い空間に押し込められた移民や戦火に焼かれた風景の断片などがライトボックスの背面に映される。ジャーは「その光景は、今日のロシアによるウクライナ侵攻とも重なる」と語り、過去と現在をつなぐ痛みの連続を示唆している。---fadeinPager---

報道写真家ケヴィン・カーターと、「ハゲワシと少女」にまつわる物語

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『サウンド・オブ・サイレンス』 2006年 ストロボの閃光とともに一瞬だけ浮かび上がる「ハゲワシと少女」のイメージ。通常、英語版のみでの上映されるが、今回は特別に日本語版も作られた。(交互に上映)

『サウンド・オブ・サイレンス』は、8分間の映像によって一枚の報道写真をめぐる物語を紡ぐ、シアター型のインスタレーションだ。約250立方メートルの巨大な構造体の内部は、赤と緑のランプで入場が制御され、上映が始まると中に入ることはできない。作品では、南アフリカの報道写真家ケヴィン・カーターと、彼が撮影した写真「ハゲワシと少女」にまつわる物語が、静かなテキストのモノローグを中心に展開される。(後に被写体は少女ではなく少年と判明。)

1993年、内戦下のスーダンで飢えに苦しむ幼子と、背後に立つ一羽のハゲワシ。その衝撃的な写真でカーターはピューリツァー賞を受賞するも、「なぜ撮影する前に助けなかったのか」という非難にさらされ、カーターを追い詰めていく。やがて「生の痛みが生の喜びを圧倒した」などの言葉を残して自ら命を絶ってしまう。暗闇を切り裂くストロボの閃光が、「写真とは、そして私たちの『見る責任』とは何か」を問いかける。

第11回ヒロシマ賞受賞記念展のために制作された作品も公開

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『ヒロシマ、ヒロシマ』 2023年 「世界の恒久平和と人類の繁栄を願う『ヒロシマの心』を美術を通して世界へ訴える」ことを目的としたヒロシマ賞を受賞した作品。作品における強い風は、原爆の被害を受けた人々の苦しみを追体験することは絶対に不可能であることを逆説的に示している。

ヒロシマ賞受賞を記念して広島市現代美術館で発表された『ヒロシマ、ヒロシマ』は、空気や音、映像によって空間そのものを変容させる大規模なインスタレーションだ。原爆ドームの真上からドローン撮影を行う初の許可を得て制作された映像では、ドローンが広島の上空を旋回し、やがて原爆ドームの真上から降下していく。観る者はまるで原爆の「眼」となり、円蓋へと近づくにつれて映像はアニメーションに切り替わり、円が回転を始める。

やがて円は核の力を象徴するかのように高速で回転し、スクリーンが巻き上がると背後に隠された産業用送風機が現れる。送風機が起動し、重低音とともに強い風が吹き抜ける瞬間、会場は異様なまでの緊張と計り知れない喪失の気配に包まれる。しかしそれは爆風の再現ではない。ジャーは「広島が求める平和の風を表現している」と語り、破壊の記憶から未来への希望をそっと浮かび上がらせている。

『アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち』

開催期間:開催中~2026年3月29日(日)
開催場所:東京オペラシティ アートギャラリー(ギャラリー1、2) 
東京都新宿区西新宿3-20-2
開館時間:11時〜19時 ※入場は18時30分まで
休館日:月 ※ただし2/23は開館、2/24、2/8 ※全館休館日
入場料:一般 ¥1,600 
www.operacity.jp/ag/exh294

はろるど

アートライター / ブロガー

千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。

はろるど

アートライター / ブロガー

千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。