ヴォルフガング・ティルマンス 『ザ・コック(キス)』2002年 テート美術館蔵 ⒸWolfgang Tillmans, courtesy of Maureen Paley, London; Galerie Buchholz; David Zwirner, New York
1980年代後半、悪名高いサッチャー政権の新自由主義政策がもたらした経済格差は、英国社会に緊張と不安を蔓延させていた。そこに出現したのが、既存の美術の枠組みを問い、まったく新しい視点と実験的な手法で時代の空気を打破しようとした「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」と呼ばれる作家たちだった。
88年、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで学ぶダミアン・ハーストが倉庫街で企画した『フリーズ』展が起点となり、英国アートシーンは世界的注目を集めるようになる。
とりわけ強烈な記憶に残るのが、テートを皮切りに99年ブルックリン美術館に巡回した『センセーション』展だ。のちにターナー賞と大英帝国勲章を授与されたクリス・オフィリによる、キラキラの装飾を施したゾウのふんを黒い肌の聖母マリアの胸に貼り付けた絵画は、米国の保守層に衝撃を与え、ニューヨーク市長やキリスト教団体から猛抗議を受ける事態となる。偶然街にいた筆者は大騒ぎのオープニングをレポートしたが、後日クリスに取材すると、「あの展示をまともに観て記事化したのは君たちだけだ」とせせら笑っていた。スキャンダルやデマが先行して飛び交うほど、YBAsのやらかし感は美術表現をめぐる活発な論争を呼んだのだ。
そんな“悪ガキ”たちもいまは正当に評価される老練のアーティスト。だが、当時彼らが正面から異議を申し立てた格差社会の歪み、疫病(エイズ)による死と偏見、社会や家庭に潜む暴力、家父長制によるジェンダーバイアスといった抑圧は、現在もなお社会を蝕み続ける。テートが自ら編纂し、YBAの革新的な創作の軌跡を検証する本展は、世代を超えて、アートの持つ抵抗の力とその複雑さに“まともに”向き合う機会となるだろう。
『テート美術館 — YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート』
2/11〜5/11会場:国立新美術館
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時〜18時(金、土は20時まで) ※入場は閉館の30分前まで
休館日:火(5/5は開館)
一般¥2,300
www.ybabeyond.jp
