劇場アニメ『ルックバック』で注目を集めた押山清高が、自ら監修と解説を手掛けた展覧会『劇場アニメ ルックバック展―押山清高 線の感情』が、東京・港区の麻布台ヒルズギャラリーで開催されている。AIが絵を生成する時代に、「人が描くこと」にどのような大切な意味があるのか。描くことへの信念や本展の企画の意図、さらに描き下ろしの新作マンガなどについて押山監督に聞いた。
劇場アニメ『ルックバック』が完成に至るまでのプロセス
「原動画」という原画が動画として作品に反映される、映像制作方式を採用した劇場アニメ『ルックバック』。そこでは原画の線をクリンナップせず、動画として構成されるため、アニメーターの描く細やかな線の一つ一つが、よりダイレクトに作品に反映される。本展では数多くのメモや設定画、原画などを通し、アニメーターが描く行為にどう向き合って劇場アニメ『ルックバック』を生み出したのかを、作品のストーリーを辿りながら紐解いている。
「圧倒的な手仕事の痕跡を見てもらいたいです。一般的にアニメの展示は、見栄えのする色のついた画面や立体造形物のようなものにフォーカスしてしまいがちです。もちろん今回も藤野の部屋や京本家の廊下など、作品の象徴的なシーンを再現しています。でもそれだけでなく、アニメーターたちが命を削るように作品をつくっているという、現場のリアリティを感じて欲しい。これほど白黒の線画がフロアいっぱいに埋め尽くすアニメの展示は、他にほとんど例がないと思っています」
人の衝動や不器用さにこそ、作品の本質がありる
「作画エリア」では、壁一面に原画やラフが並び、線の息づかいに包まれる。続く「シーンエリア」では、絵コンテやレイアウト、背景美術などの素材をたどりながら、一つのシーンがどのように立ち上がっていくのかを体感できる。また随所に添えられた押山監督の直筆メモからは、制作の試行錯誤の裏にある思考の軌跡を読み取れる。
「ちょうど劇場アニメ『ルックバック』を制作しはじめた頃と、生成系AIのニュースが話題になった時期が重なりました。もちろんAIなどのテクノロジーを否定するつもりはありません。でもその力を認めた上で、描くことを選んだ人の衝動や不器用さにこそ、作品の本質があり、残す意味があると信じています。だから映画をつくってる途中から、より人間らしくつくった方がいいと思うようになりました」
「監督が映画の制作について細かく種明かしすると、場合によってはお客さんの見方の幅を狭めてしまう可能性があります。本当だったら映画が出来て時間がかなり経ってから、色々と振り返って語っていくのが良いかもしれない。でもこれだけコンテンツの消費のリズムが早いと、のんびりと構えていられないのです」
「つくり手の世界や背景を知っていただき、その魅力に気づいてもらえないと、あっという間にクリエイターがAIの台頭する世の中の波にのまれてしまうかもしれない。どうしたら後世に今残っているクリエイターの手仕事の素晴らしさを伝えていくか。自分たちの生き残りのためにも、映画をつくり上げた直後から、より作品を深いところから感じてもらえるような展覧会を開きたいと考えていました」---fadeinPager---
『劇場アニメ ルックバック』で、押山監督のイチ推しのシーンとは?
タイトルにある「線の感情」という言葉どおり、押山は「線には描いた人のすべてが宿る」と語っている。では、アニメーション制作の中で「人のすべてが宿る」と感じるのは、どんな瞬間なのか。そして自身が「線が最も生き生きと立ち上がった」と実感したシーンはどこなのだろう。
「キャラクターの感情が高まるシーンでは、アニメーターも役者のようにキャラクターになりきって描く場合があります。身振りや手振りを真似ながら、キャラクターとシンクロしていく。ただ技術力である程度までは描けますど、闇雲に線を引くだけでは、キャラクターの深い内面までは表現できません。実感を込めて描くことが重要です」
「藤野が雨の中をスキップするシーンがありますよね。私の出身は福島県の本宮市ですが、安達太良山を望む田舎の町で、学校への通学路も田んぼ道でした。もし自分が藤野と同じように、あの田んぼ道を雨の中ずぶ濡れでスキップするとしたらどうだろう。そのとき理性が外れ、全身で感情を放出しているような感覚になるかもしれない」
「そうした心の状態だったら、どんな喜び方をするのかということを、自らの原体験を重ねながら描きました。原作では一枚の見開きでしたが、アニメーションでは時間軸の中の動きで、感情をどれだけ純粋に表せるかにベストを尽くしました。正直、勢いで描いた部分もありますが、『アニメならではの表現だったね』と評価してもらえたのは本当にうれしかったです」
「彫刻家の仕事に似ている」押山監督にとって描くこととは?
「私にとって描くとは、何かに抗う行為であり、そしてすべては、ひとときの戯れなのかもしれません」と展覧会の挨拶文に寄せた押山。さらに「線を描くことは彫刻家の仕事に似ている。紙とペンを扱うか、粘土を扱うかの違い」とも言う。その意味を、彫刻家ややきものの例を挙げながら説明してくれた。
「絵を描くのは骨が折れる事もありますが、少し休むと、また描きたくなるような中毒性があります。そして線を引くことは、彫刻家が粘土の塊から形を少しずつ掘り起こしていくような感覚に近いです。荒削りな状態から徐々に精度を上げていく過程で、作品に生命が宿っていくように思います。例えばロダンの彫刻を見ても、粘土の質感や指先の痕跡がそのまま残っていますよね」
「私はそうした手の跡を残した表現に惹かれます。滑らかに仕上げてしまうよりも、少しでこぼこした質感や、素材の呼吸が感じられるのが好み。縄文土器や信楽焼、萩焼のように、柔らかな風合いや歪み、ざらついた手触り。そうした人の痕跡が残るものに心を動かされるのです」---fadeinPager---
描き下ろしの新作マンガ『洞窟と少年』に込めた思い
藤野が自らの名前をサインした京本のはんてんや、原作者・藤本タツキによる『ルックバック』制作時のネームなど、貴重な資料も見どころの本展。藤野と京本の言葉を軸に「描く」という行為の本質に迫る「特別映像エリア」では、映像を通して描き手たちの息遣いが伝わってくる。劇場アニメ『ルックバック』の大きな仕事を終えた今、押山は次にどのような作品を手がけたいと考えているのだろうか。
「藤野のスキップシーンもそうですが、実体験をもとにしてこそ、人に届く純度の高い作品が生まれるように思います。アニメに限らず様々なものをつくるとして、その根底には自分の内側から湧き上がる根源的なものを、時代や社会と結びつけながら形にしていきたい。同時に、私自身がその都度飽きずに取り組めることや、熱中できることが何より大切です。その時々で興味が動くものに力を注ぎたい。実は今、それが漫画なのです」

本展のために描き下ろした『洞窟と少年』は、絵を描くことテーマにした押山自身初のマンガ作品だ。洞窟壁画のモチーフを借りながら、一人の少年のイマジネーションが、炎と影のゆらめきの中で世界をつくり出す様子を描いている。
「私にとって絵を描くことは、究極のひとり遊びです。そもそも絵を描く原点とは何だろうというところに立ち返ると、子どもの頃の遊びに行き着きます。コミュニケーションが得意ではなく、友達とみんなでワイワイ遊ぶより、一人で黙々と遊んだりする方が性に合っていました」
「自分の原点を、劇場アニメ『ルックバック』とは別の形で提示したかったのです。そもそも人間とは太古の昔、洞窟で焚火の明かりを灯し、壁画を描いていました。そうした営みも、私が純粋に絵を描くのと同じ行為と思いますし、おそらく今後も変わらないはずです。この作品では、そんな自分の分身のでもある主人公と、古代人の営みを重ね合わせて物語にしました」
「描くとは、思考の累積であり、身体そのものの表現である」という押山。一本の線、一つの動きの中に、描き手たちの魂と衝動が宿っている。アニメを愛する人はもちろん、描くことに惹かれるすべての人に開かれた『劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情』にて、生きた線と圧倒的な手仕事の熱量を感じたい。
※写真は全て© 藤本タツキ/集英社© 2024「ルックバック」製作委員会/©「劇場アニメルックバック展」実行委員会
『劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情』
開催期間:開催中~2026年3月29日(日)
開催場所:麻布台ヒルズ ギャラリー
東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB 階
開館時間:10時〜18時 ※最終入館は17時30分まで
会期中無休
当日チケット:一般 ¥2,500
www.azabudai-hills.com









