【京都、行かねば!】木彫刻、デザイン椅子、陶芸がぎっしりの古民家、「河井寛次郎記念館」が凄い

  • 写真・文:一史
Share:

DSC05976.jpg

はじめに

芸術家が生涯を暮らし制作アトリエも構えた住居は、クリエイティブなパワーに満ちているもの。
ではそのパワーが、古き良き日本社会や日本文化と強固に結びついているとしたらどうでしょう?
大正時代の「民藝」ムーブメントを率いた芸術家のひとりが、独自のセンスで自身の住居を築き上げたなら?
家、収納家具、椅子、照明の暮らしの空間のすべてを、自ら設計・デザインしているなら?
そんな稀有な空間があれば訪れてみたいですよね!
ここ京都「河井寛次郎記念館」は、まさにそんな異次元空間。
生活感のあるリアリティとファンタジーが同居した、とんでもない家です。

DSC05884.jpg

今年(2025年)の11月に初めて訪れ、「こんな凄い京都があったのか!」と感動が押し寄せる結果になりました。
“記念館”という言葉から来る“お勉強っぽさ”はどこへやら、ただただ楽しく眺めて歩き回ってましたね。

河井寛次郎とは大正から昭和に掛けて活動した陶芸家。
色鮮やかな陶芸を主な作風にした作家です。
柳宗悦らと共に民藝運動を推進し、「人間国宝」「文化勲章」に選ばれながら辞退した経歴の持ち主でもあります。

っても、実はわたしが河井寛次郎の住居だったこの記念館に行こうと思ったのは、作家への興味でも陶芸への興味でもありません。
京都観光スポットとして見かけた館内の写真に惹かれたからでした。
「古民家を見たい」それだけだったのです。
その単純な動機が、家や庭を巡るうちにワクワクと発見の連続に変わっていきました。

DSC01765.jpg

DSC01767.jpg

家の様子

記念館の主な展示内容は、大正時代(京都のシンボルである町家と同時代)に建てられた2階建ての家、陶芸作品、製造道具の展示、焼き窯など。
作家がいまも住んでいるかのように、家も作品もすべてを一体化させ来館者を招き入れています。

DSC01868.jpg

DSC01842.jpg

上写真の照明器具も、家具の多くも、家屋も、木彫刻も、河井寛次郎のデザイン。
デザインと呼ぶと言葉が軽いかもしれませんが、家具職人や木彫り職人につくってもらったオリジナルという意味です。

作家は晩年に制作をはじめた彫刻類をほとんど販売しなかったようです。
“仕事”として販売したのは陶芸に限っていたらしく。
この記念館に彫刻が集まっているのはそのためなのでしょう。

わたしがここでもっとも心惹かれたオブジェクトが、その木彫り彫刻、及びアフリカン(!?)な椅子です。

DSC06005.jpg

生きている彫刻と椅子

家のあちこちにいる、生命力を放つ彫刻。
「座敷わらし」という家に住む妖怪がいますが、彼らもまるでこの家に住んでいるかのよう。
ここにいるから、とてつもなく魅力的に感じるのでしょう。
河井寛次郎作の彫刻を近代的なギャラリーで展示しても、力強さが薄れるかもしれません。

日本のトラッドな仏像、工芸、根付などの装飾品、及び庶民の暮らしから導き出した造形なのでしょう。
わたしはパプアニューギニア(インドネシア近くの国)の木彫刻、またはアフリカの仮面に通じる異形な佇まいを感じました。
まるで遠い国から我が国に海を渡り、帰化して“日本ナイズ”されたかのよう。
こうしたキャラクターが和空間にすんなりと溶け込んでいることに驚いた体験です。

DSC05981.jpg

DSC05955.jpg

DSC05969.jpg

DSC05887.jpg

DSC05979.jpg

彫刻以上に夢中にさせてくれたのが、木材を削りごろんと仕上げた椅子の数々。
こちらも河井寛次郎が自ら使うためにデザイン、蒐集したもの。
館内にある椅子には「ゴッホ椅子」と呼ばれるスペインの工芸品もあります。
臼から削り出した椅子などは、まるでアフリカンスツールのよう!

DSC05958.jpg

DSC01782.jpg

DSC05931.jpg

DSC05917.jpg

実はわたしには大きなコンプレックスがあります。
それは仕事の軸であるファッション界隈において、そこに携わる人々と比べ高級なデザイナーズチェアやインテリアへの関心が低いこと。
頭のなかでは「よいものだ」と理解できても心が追いつきません。
シンプルに「好き」と思える感情が沸き起こりにくいんですね。
(例外は多々あるとはいえ)

そんな自分でも、アフリカの木の仮面や椅子にはいつも強烈に惹きつけられます。
しかし厄介なことに、エスニックな店や空間にはさほど気持ちが馴染めず……。
単発的に、オブジェクトだけが好きなのです。
空間なら、京都の町家や神社仏閣は心底大好き。
「なんかもう、よくわからないや」と、自身のバラバラな志向をずっと分析できずにいました。

今回この河井寛次郎記念館を訪れ、日本家屋とアフリカが見事に調和する空間を目にして(アフリカは勝手な解釈ですけど)いろいろと腑に落ちました。
ここには自然界に存在する木材をそのまま生活空間に持ち運んだかのごとき椅子、家具、彫刻があります。
それは永遠性の象徴の大理石を組み上げた内装、木材を細くして曲げていく椅子といった、人間が自然界を操作する西欧の美学とは異なるもの。
河井寛次郎記念館は生命の息遣いに満ちています。
「民藝」と聞くと日本独自の価値観に思えがちですが、大衆の生活に根付く美意識はアジアやアフリカなどとも共通するのかもしれません。

DSC06002.jpg

河井寛次郎がこの場所で座って作業している様子が写真で残っているエリア。
椅子もデスクも小さくかわいらしく、生き物のように温かい造形。
壁に掛けられた作家の詩の版画も必見です!

DSC06003.jpg
詩の内容は以下の通り。

仕事が仕事をしてゐます
仕事は毎日元気です
出来ない事のない仕事
どんな事でも仕事はします
いやな事でも進んでします
進む事しか知らない仕事
びっくりする程力出す
知らない事のない仕事
きけば何でも教へます
たのめば何でもはたします
仕事の一番すきなのは
くるしむ事がすきなのだ
苦しい事は仕事にまかせ
さあさ吾等はたのしみましょう

「“仕事”ってなんだろう?」その問いに答えてくれる素晴らしい詩。
クリエイティブな職業でなくても、万人に通じる“仕事道”です。

もうひとつ、作家が残した目からウロコの言葉がこれ ↓

新しい自分が見たいのだ――仕事する

仕事という義務に真剣に取り組んだ先に待っている、思わぬ発見と喜びを短く言い表した言葉。
そうなんですよね、仕事って嫌々やると気分も終始ダルいままですが、ちゃんと向き合うと仕事が“遊び”に切り替わり心が晴れるときがあります。
ネガティブからポジティブへの大転換です。

なお当時の写真を見ると、この壁には別のなにかが掛けられていたようです。
生前に現在の詩の版画に掛け変えたのか、記念館になってからなのかは不明です。

DSC01834.jpg

陶芸の仕事をした登り窯

DSC05915.jpg

家の奥に焼き物の窯跡があります。
斜めに上がっていく「登り窯」。

DSC05923.jpg

そしてすみません、もうひとつ自身のコンプレックスの話をしてもいいですか!?
器に心が惹かれないんですよ……。
ほんとに困ってます、自分の野暮ったさが。
ファッションブランドが運営するギャラリーでは陶芸展を行い、ハイブランドが主催する工芸展でも器を軸にするのが標準ですから。
「みんな器好きでしょ?」がファッション界隈の常識。
困るなぁ……。

ということで、河井寛次郎の本職である陶芸作品は写真も撮らずじまいでした。
わたしには同作家の器の魅力と良し悪しを判断する能力がありません。
作品掲載のポストカードの並びを載せておきます。
ご興味ある皆さまはご自身でお調べくださいませ。

DSC01851.jpg

河井寛次郎記念館は、京都を訪れる主目的にもなり得る重要スポット。
「日本の伝統」「個人の創造」、その両方を堪能できる空間ですから。
人気スポットとはいえども、嵐山や銀閣寺などに海外観光客が波のように押し寄せた秋の平日でもゆったりと時を過ごせました。
海外客は皆さんマナーを守る静かな人ばかりでしたね。
たまに「騒々しいな」と思うと、日本のおばちゃんだったり w

京都市の東側の地区で、京阪電車「清水五条」駅より徒歩10分の行きやすい場所です。
近代的に整備されたエリアにある、民家に囲まれた敷地。
どうぞ皆さん、立派な神社仏閣に引けを取らない京都体験をここでお楽しみください。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。