【建築家がつくったソーラーバイク】走りながら発電する未来の乗り物。充電という概念を過去にする挑戦

  • 文:宮田華子
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イタリア

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Courtesy of Mask Architects

「充電」という概念そのものを、過去のものにしてしまうかもしれない。そんな挑発的なモビリティが、今年11月に発表されデザイン界を中心に話題を呼んでいる。イタリアを拠点とする建築・デザインファーム「MASKアーキテクツ」が公開した「SOLARIS(ソラリス)」は、世界初を謳う“完全セルフ充電型”のソーラーバイクだ。燃料も、外部電源も、充電スタンドも不要。停車中も走行中も、自らエネルギーを生み出し続けるという。

羽を広げ、太陽を集める独創的フォルム

SOLARISの最大の視覚的特徴は、車体から展開する円形のソーラーウイングである。駐車時に大きく開くその姿は、まるで羽を広げた蜂のようだ。走行時にはウイングは折りたたまれ、車体と一体化するが、静止すると太陽に向かって発電面積を最大化する構造が現れる。

 

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走行時、大きな羽はコンパクトに収納されている。Courtesy of Mask Architects

この印象的な造形は、単なる造形的インパクトを狙ったものではない。MASKアーキテクツが掲げるのは、車体そのものを「エネルギーを生み出す建築」として捉える発想である。バイク全体が発電装置として機能することが、フォルムそのものに表れている。

車体全体が発電する、曲面状ソーラースキン

SOLARISがセルフ充電を可能にする理由は、単一の太陽光パネルに頼らない点にある。車体表面には、高効率の曲面状フォトボルタイクスキンが統合されており、太陽光を多方向から受け止めることができる。平面的なパネルと違い、朝夕など太陽の角度が変わっても光を受け止めやすい設計だ。

 

画像3 MASK ARCHITECTS_SOLARIS_01 (8).jpgフォルム全面で太陽光を受け止める。Courtesy of Mask Architects

さらに駐車時には、折りたたまれていたソーラーウイングが展開し、発電量を大幅に高める。発電された電力は、高容量のリチウムバッテリーに蓄えられ、外部の充電インフラに依存しないエネルギー循環を成立させている。

走りながらも電気を生むハイブリッド発電

SOLARISの発電は、太陽光だけに限定されない。走行中には、車体の運動や振動によって生じるエネルギーをマイクロ発電として回収し、減速時やブレーキング時には回生システムが電力を生み出す。

これら複数のエネルギー源は、車体内部のインテリジェントなエネルギーマネジメントシステムによって一括制御され、その状況はデジタル画面に表示される。日照条件、走行状況、蓄電状態に応じて電力の配分を最適化することで、SOLARISは「走る」「止まる」という行為そのものを充電プロセスへと変換している。

軽さと効率を支える航空宇宙レベルの素材

これだけの発電機構を内包しながら、SOLARISは軽量性にも強くこだわっている。ボディには航空宇宙分野でも用いられるカーボンファイバー複合材を採用し、内部構造には軽量アルミ合金を使用。太陽電池は「後付けの装置」ではなく、車体の皮膚として一体化されているため、余分な重量増を抑えている。

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Courtesy of Mask Architects

設計思想の背景には、ヒョウの身体構造に着想を得たバイオミメティクス(生物模倣技術)があるという。無駄のない筋肉構造とエネルギー効率の高さを、モビリティとして翻訳した結果が、このフォルムなのだ。

 

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ヒョウのしなやかな骨格と筋肉構造を抽象化し、SOLARISの設計思想を可視化したコンセプトイメージ。Courtesy of Mask Architects

 

建築家が問い直す「移動の自由」

MASKアーキテクツがこのプロジェクトで見据えているのは、単なる新型オートバイクの提案ではない。なぜ人は充電を待たなければならないのか。なぜ太陽という無償の資源がありながら、移動は商業インフラに縛られているのか。SOLARISは、そうした根源的な問いへの応答として構想された。

建築分野で培ってきた「自給する構造」の思想を、モビリティへと転用した試みとも言えるだろう。

価格と市販時期は未定、現在は開発段階

現在SOLARISは、イタリアのハイテクエンジニアリング企業「AQH Italy」とともに、詳細設計とプロトタイプ開発の段階にある。市販時期や正確な価格は公表されていないが、量産モデルとは異なる高付加価値のテクノロジープロダクトになると見られている。

燃料費や充電費が不要というランニングコストの思想を含め、SOLARISは移動手段であると同時に、新しいエネルギー観を提示する存在だ。羽を広げて太陽を集めるこのバイクは、「自立する移動体」という未来像を、具体的なかたちとして示している。 

 

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Courtesy of Mask Architects

Mask Architects


https://maskarchitects.com

 



宮田華子

ロンドン在住ジャーナリスト/iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授

アート・デザイン・建築記事を得意とし、さまざまな媒体に執筆。歴史や潮流を鑑み、見る人の心に届くデザインを探すのが喜び。近年は日本のラジオやテレビへの出演も。英国のパブと食、手仕事をこよなく愛し、あっという間に在英20年。

宮田華子

ロンドン在住ジャーナリスト/iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授

アート・デザイン・建築記事を得意とし、さまざまな媒体に執筆。歴史や潮流を鑑み、見る人の心に届くデザインを探すのが喜び。近年は日本のラジオやテレビへの出演も。英国のパブと食、手仕事をこよなく愛し、あっという間に在英20年。