【バング & オルフセンの新作】静寂を身にまとう、というラグジュアリー。B&O「Beo Grace」とぼくの記憶

  • 文:青山 鼓
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指先が記憶している「感触」というものがある。 ぼくにとってそれは、かつて愛用していたバング & オルフセン(B&O)のヘッドホン「Form 2」の、あの冷やりとしたアルミニウムの温度だ。音楽を聴くための道具でありながら、部屋のテーブルに置かれたその姿は、まるでそこに最初からあるべき彫刻のように静かで、美しかった。

今年で創業100周年を迎えたデンマークの老舗が記念すべき年に送り出した新作イヤホン「Beo Grace(ベオグレイス)」をきっかけに、ふと、あの頃の記憶が蘇った。

 

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イヤホン「Beo Grace」(ベオ グレイス)18万3000円(税込)

 

ステムという名の「銀色の架け橋」が過去と未来をつなぐ

「Beo Grace」のステム(軸)は、かつて名機と呼ばれた有線イヤホン「A8」のデザインを現代的に再解釈したものだという。 だが、ぼくの目には単なる復刻以上のものに映る。

パールブラスト加工が施されたアルミニウムのボディは、触れると指先に心地よい冷たさを残す。それは、プラスチック製のガジェットが溢れる現代において、私たちが忘れかけていた「モノとしての質量」と「永続性」を思い出させてくれる。CEOのクリスチャン・ティアーがこれを「デザイン彫刻の一片」と呼ぶのも頷ける話だ。

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ソフトでプレミアムなレザーポーチはオプションアクセサリーとしてInfinite Black(インフィニットブラック)、Cranberry Red(クランベリーレッド)、Seashell Grey(シーシェルグレー)の3色で展開。

 

「ケース」が語る、現代の装い


興味深いのは、このイヤホンが「音」だけでなく、「装い」の領域に足を踏み入れていることだ。 本体を収めるアルミニウムのケースに加え、今回はオプションで専用のレザーポーチ(税込4万6000円)が用意されている。ショルダーストラップがついたそれを肩から提げると、イヤホンはもはやカバンの中に隠すべき道具ではなく、ネックレスや時計と同じ「ジュエリー」へと変貌する。

この流れは、テック業界全体に静かに、しかし確実に広がっている潮流とも重なる。 先日、Appleとイッセイ ミヤケが協業プロジェクト「iPhone Pocket」を発表したニュースをご存じだろうか。「一枚の布」というコンセプトを基にした3DニットでiPhoneを包み込むこのプロダクトは、「iPhoneを着用する楽しさ」を提案しているという。 もはやスマートフォンやイヤホンは、単なる機能的な「道具」ではない。腕時計やバッグと同じように、所有者のアイデンティティやスタイルを表現する「ファッションの一部」として、身体性を獲得しようとしているのだ。

ライカがカメラをライフスタイルアイコンへと昇華させたように、B&Oもまた、イヤホンを「聴くための道具」から「身にまとうジュエリー」へと進化させようとしている。レザーポーチを肩から提げ、街を歩く。その所作そのものが、ファッションとして成立するようデザインされている。

 

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音量の調整には新たに開発したNearTap™(ニアタップ)機能を搭載

 

真のラグジュアリーとは、時間を味方につけること

もちろん、B&Oである以上、肝心のサウンドに妥協はない。 12mmのチタンドライバーを搭載し、ドルビーアトモスに最適化された「自然な空間オーディオ」技術によって、まるでスピーカーで聴いているかのようなリスニング体験を実現している。さらに、スタジオレベルのマイクによるノイズキャンセリング機能は前作の4倍の性能を誇り、周囲の喧騒を消し去ってくれる。

だが、ぼくがこの小さな「彫刻」に最も惹かれた理由は、そのスペックの奥にある哲学だ。 「Beo Grace」は、バッテリーの寿命を従来の約500回から最大約2000回まで延ばす新技術を採用している。 「真のラグジュアリーは長寿命によって測られる」。 B&Oのプロダクト・サーキュラリティ・ディレクター、マッズ・コグスガード・ハンセンが放ったこの言葉を聞いて、ぼくは先日取材した機械式時計のことを思い出した。

スマートフォンで誰もが正確な時間を知れる時代に、なぜ人はあえてリューズを巻き、針の動きに目を凝らすのか。 ある取材で耳にした「アナログなものは、少し面倒だけどそれがいい。手をかけるうちに愛着も湧く」という言葉が印象に残っている。時間を知るという「機能」以上に、そのモノと過ごす「時間そのもの」に愛着を感じているからこそ、人は時計を大切にするのだ。

バッテリーの寿命という、現代の電子機器が抱える最大の宿命に対し、B&Oは「充電回数を4倍に伸ばす」という技術的な回答を出した。それは、数年で陳腐化する「ガジェット」ではなく、メンテナンスしながら共に時を刻む「時計」のような存在に、このイヤホンを近づけようとする挑戦に見える。

 使い捨てのサイクルから脱却し、ひとつのモノと長く付き合う豊かさ。それこそが、次の100年に必要な「新しいラグジュアリー」の正体なのかもしれない。

耳に装着し、ノイズキャンセリングをオンにする。 周囲の喧騒がふっと消え、スタジオレベルのマイクが作り出す静寂が訪れる。その静けさの中で、ぼくは思う。 良いモノとは、時間を超えて、持ち主の人生に寄り添う「背景」になれるもののことを言うのではないか、と。

かつてのForm 2がそうであったように、この「Beo Grace」もまた、誰かの日常の中で、美しく歳を重ねていくのだろう。音を奏でるジュエリーとして、あるいは、静寂という贅沢をくれるパートナーとして。

本体価格は18万3000円(税込)。決して安くはないが、長く付き合える未来への投資と考えれば、その価値は十分にあるはずだ。

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