半世紀以上にわたって近代家具、とくに20世紀の北欧家具を研究・収集してきた織田憲嗣。その中核をなすのがハンス・ウェグナーの椅子のコレクションだ。渋谷ヒカリエホールで開催中の「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」は、約160点のウェグナーの椅子や家具などを一堂に集めた、国内最大規模の大回顧展となる。
「究極の椅子」を意味する「ザ・チェア」は、アメリカで人気に火がついた。「ザ・チェア JH503」1949年 織田コレクション
ミッドセンチュリー期のデンマークデザイン、ひいては20世紀の家具デザイン史における代表的な存在として語り継がれるハンス・ウェグナー(1914〜2007年)。代表作「ザ・チェア」(1949年)や「Yチェア」(1950年)は時代を超えて愛され続けている。素材に対する深い洞察により、独創的なデザインを生み出したウェグナーは生涯で500脚以上の椅子を世に送り出した。
ヒカリエホールに展示された膨大な数のウェグナーの椅子は、一つひとつがじつに個性的だ。ゆっくりと体を預けてくつろぐための肘掛け椅子、食卓での楽しい語らいの場に寄り添うダイニングチェア、背筋を伸ばして仕事に向かうためのワークチェア、体を伸ばして開放的な気分を味わえるハンモックチェア‥‥。素材の特性を活かしたユニークな作品の数々を前にすると、椅子が今にも語り出しそうな気がしてくる。
しっかり体を包み込む独創的なフォルム。オキュラスとは「目」の意で、背もたれの中央が目の形をしているところから命名された。《オキュラスチェア CH468》1960 織田コレクション Photo by Kentauros Yasunaga
展示室の最初に登場するのはウェグナーが17歳のときに手がけた「ファーストチェア」の復刻版だ。今日では写真資料が残るのみで幻の存在とされているが、本展のために再現復刻された。同時に初期の作例である1938年作の椅子も、「セカンドチェア」として改めて再現復刻。若き日のウェグナーの意欲作を見られる貴重な機会だ。
ウェグナーの名を世に広めたのは、「ザ・チェア」。1949年に「ラウンド・チェア」として発表された当初は話題にならなかったが、翌年アメリカの雑誌で紹介されると瞬く間に注目を集め、シンプルで洗練されたデザインから「究極の椅子」を意味する「ザ・チェア」と呼ばれるようになった。この椅子は60年、腰痛に悩んでいたジョン・F・ケネディが、長時間におよぶ大統領選挙のテレビ討論会のために選んだことで、その地位を不動のものとした。
会場では20点余りの原寸図面や、制作途中のモデルなどの関連資料も展示され、それぞれの椅子の制作背景とデザインのポイントを紹介している。さらにウェグナー自身が語る貴重なインタビュー映像、ウェグナーと8回の会見を果たした織田の特別インタビューを通して制作の哲学に迫る。また家具モデラー・濱田由一によるウェグナーの椅子の1/5スケールモデルも展示。さまざまな角度から名作椅子の魅力を浮かび上がらせている。
たっぷりとウェグナーの世界に浸ったあとは「座れる椅子コーナー」で実際に作品に腰掛けることができる。「私の作品は芸術作品ではありません。日用工芸品なのです。ですから手て触ってください。座ってみてください。そしてよく見てください。曲線を手で追って、つなぎ目を見て、そして心の流れを感じ取ってください」と語ったウェグナーの言葉を思い出しながら、五感でその座り心地を体感してみたい。
『織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ』
開催期間:開催中〜2026年1月18日(日)
開催場所:ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)
開催時間:10時〜19時 ※最終入場は18時30分まで
※12/31(水)のみ18時まで ※最終入場は17時30分まで
休館日:2026年1/1(木・祝)
www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/25_wegner