「大人の名品図鑑」MOMOTARO JEANS編
岡山県倉敷市にある児島地区は、国産ジーンズ発祥の地として知られる。第二次世界大戦後、海外からジーンズが輸入され、たちまちアメリカ文化の象徴とし若者を中心に注目されるようになった。そんなジーンズの国内生産をひと手に引き受けたのが、岡山の児島地区である。今回の特別編では、この地で生まれ育ち、世界中に多くのファンを持つ名品ジーンズ、MOMOTARO JEANSのこだわりとその進化を紐解く。
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深く、濃く。“特濃”ブルーが象徴する、ジーンズの哲学
テキスタイルメーカーをルーツとするジャパンブルーが、岡山県倉敷市・児島でオリジナルブランド「桃太郎ジーンズ」を立ち上げたのは2006年のこと。ブランド名は、岡山の民話の象徴である「桃太郎」にちなんでいる。掲げたコンセプトは「ファッションブランドではなく、クラフツブランド」。日々を大切に過ごすための“道具=プロダクト”としてのジーンズづくりを長く模索してきた。
2024年にはブランドが大きく刷新され、表記を「MOMOTARO JEANS」と英語に統一。マークも「藍の花」を現代的に解釈したデザインへとアップデートされた。このタイミングで新たにリリースされたのが、今回紹介する「STANDARD」だ。どんなスタイルにも馴染みやすく、世代や個性を問わず穿ける一本として開発された。
「STANDARD」最大の特徴は、「特濃‐TOKUNO BLUE」と呼ばれる、限りなく深く、濃いブルーにある。通常のインディゴ染料では、濃く染めようとするとどうしても赤みを帯びてしまう。そこで染料を独自のレシピで研究・開発し、この唯一無二の「特濃」を生み出した。日本には藍染めの伝統があり、藍は染め重ねるほどに深い青へと変化する。「特濃」が目指したのは、まさにその青である。
さらに生地も、「STANDARD」専用に新たに開発されたデニムが採用されている。通常のデニムでは1インチあたり約64本の経糸が打ち込まれるが、このモデルでは67本と、高密度に設計されている。この違いにより生地の白の分量が減り、生地の濃さが格段に増すのだ。加えて、「特濃‐TOKUNO BLUE」のリジット(未洗い)デニムは、緯糸も通常よりも細く、その生地に特殊加工を施すことで、洗濯時の縮みを縮率1%以下に抑えている。“デニムは縮む”という定説があるが、「STANDARD」は、購入時のフィッティングを、洗い込んだ後も長くキープしてくれる。
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細部に意匠を宿す、「マーベルト」の革新
「STANDARD」は一見するとオーソドックスな5ポケットのジーンズに見える。しかし素材だけでなく、ディテールにも独自の視点が反映されている。その象徴的なディテールが、ウエスト内側に配された「マーベルト」である。これは通常、スーツの組下のドレススラックスなどに用いられる仕様で、日本では「腰裏」と呼ばれることも多い。その仕様をあえてジーンズに採用したのが「STANDARD」だ。これにより腰への干渉が柔らぎ、穿き心地とフィット感が向上する。さらに、インナーにデニムの青が色移りするのも防いでくれることから、白のTシャツをタックインする場合も安心だ。
しかし、ジーンズの構造上、腰裏に「マーベルト」を縫い付けるのは容易ではなく、高い縫製技術を要する。MOMOTARO JEANSでは、自社で専用の縫製治具まで開発し、このジーンズの製作を可能にした。
リベットはジーンズに欠かせないディテールだ。「STANDARD」に採用されたリベットは、裏面にMOMOTARO JEANSの新しいロゴが刻まれたオリジナル仕様。表面を打ち抜く構造だが、突起部分をフラットに加工しているため、着用時に衣類を引っかけにくく、座った際に椅子などを傷つけてしまう心配も少ない。
右腰に配されたレザーパッチも印象的だ。「藍の花」をモチーフにしたロゴがエンボス加工で刻まれ、「特濃」を象徴するかのような青一色で染め上げられている。ヒップポケットにはあえてステッチを入れず、極限までシンプルに。その潔さが、かえって新鮮に映り、ジーンズを穿いた後ろ姿に静かな存在感を与える。
セルヴィッチデニム。裾は特殊なチェーンステッチで仕上げられており、ショップでは試着後に店員が長さを調整してくれる。
さらに、「STANDARD」は、ジーンズ好きが唸るマニアックなディテールも。ひとつは、ヴィンテージジーンズに見られる「隠しリベット」だ。かつて、剥き出しのリベットが馬具や家具を傷つることから、ポケット裏側に打ち込む仕様が生まれた。この歴史的ディテールを、大きく主張することなく、さりげなく取り入れている。また14.7オンスの「特濃」デニムは、シャトル織機で織られたセルヴィッチデニム。ロールアップすると、そのセルヴィッチがのぞき、希少なデニムであることがひと目でわかる。「STANDARD」は、まさに伝統とモダンが融合したハイブリッドな一本だ。
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「STANDARD」が目指したのは、“美しい立ち姿”
「STANDARD」のシルエットは、ストレート、テーパード、スリム、ワイド、ナローストレートの全5型がラインナップされている。フロントはクラシックなボタンフライと、ジッパーフライの両タイプが用意されている。どのモデルにも共通しているのは、「立ち姿がきれいに見えること」と「穿き心地の良さ」を追求したパターン設計である。カラーは、特濃と近年人気上昇中のブラックの2色。特にブラックは、経糸と緯糸の両方に深く染め上げた黒糸を使用し、ロールアップしても裏まで漆黒が続く仕上がりだ。
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児島の伝統と匠の技が結実する、真のクラフツマンシップ
前述の通り、「STANDARD」に使われているデニムは、旧式のシャトル織機で織られている。この織機は最新機械に比べて生産スピードが1/3〜1/5程度と遅く、稼働している台数も限られているため、大量生産は難しい。さらに、ジーンズの縫製はほぼ手作業で行われる。厚いデニムを何枚も重ねて縫う部分も多く、熟練の技術が不可欠だ。MOMOTARO JEANSの中には、児島の特定の職人しか縫えないモデルも存在すると聞く。そうした伝統と技術の積み重ねから、「STANDARD」という新たな名品が誕生したのである。
実はMOMOTARO JEANSは、国内だけでなく、海外からの支持も厚い。東京・青山、京都、大阪、そして児島にあるショップを訪れると、それが実感できる。日本製ジーンズの象徴として選ばれているのだろう。
50年後、100年後、「STANDARD」が世界中の人からどのように評価されているのか。そんな未来にも思いを馳せたくなる一本である。