BRUMADINHO ブルマジーニョ/ブラジル
ブラジル南部の田園地帯に今年、奇妙な建築が姿を現した。ねじれた入口をくぐり、地面を切り裂く230メートルの亀裂を進めば、宙に浮かぶ11メートル四方の傾いた構造物が待ち構える。2019年のダム崩壊で272人が犠牲となった現場に建てられた記念館は、事故の悲しみを伝えながら、インパクトのある造形で来館者を迎えている。
毎年1度、特別な光が差し込む
ブラジル南部、ミナス・ジェライス州ブルマジーニョ市近郊の田園地帯。記念館は、ねじれた入口パビリオンで来館者を迎え入れる。エントランスの厚いコンクリート屋根はうねるように波打ち、背景の山並みと呼応する。
この記念館は、2019年1月25日に発生したダム崩壊の跡地に建てられた。大量の鉱山廃棄物と泥が流出し、労働者ら272人が犠牲となった。遺族たちは協会を結成して賠償交渉を進め、その結果として記念館の建設が実現した。
エントランスのパビリオンに入ると、狭いスリットからわずかに光が差し込む、薄暗い空間に迎えられる。そこにあるのは、心臓の形をしたクリスタルだ。遺族たちが犠牲者を「宝石」と呼ぶことにちなんだ。
英建築メディアのデジーンによると、毎年1月25日の午後12時28分、天窓から一筋の光が室内を切り裂きクリスタルを照らす。ダムが崩壊した、まさにその時刻だ。
この演出を実現するため、天窓の位置を基準としてパビリオン全体が設計された。事故当時、泥に呑まれ光を奪われた犠牲者たち。届かなかった光が、毎年1度、追悼の光となってクリスタルに届けられる。
宙に浮く「白い頭部」
パビリオンを抜けると、その先に広がるのは、長さ230メートルに及ぶ地面の亀裂だ。この亀裂は周囲より掘り下げられた通路となっており、サイト中央の記念館へと来訪者を導く。
設計を手がけたグスタボ・ペナ氏は、英建築・デザイン誌のウォールペーパーに語る。「最初に浮かんだイメージは亀裂だった」。ダムの崩壊地点へ延びるこの亀裂は、「永遠にそこにある。この亀裂は問いであり、告発であり、生と死を分けた線なのだ」
通路の壁には、犠牲者の名前とモニュメントが刻まれている。1つ1つが象徴する失われた尊い命に思いを馳せながら進むと、いつしか出現した巨大な構造物に目を奪われる。宙に浮かび傾いた、11メートル四方の白い正方形だ。
流れ落ちる水は涙の証
この白い正方形からは、人間の涙を象徴する水が流れ出ている。フレーム誌によると、これにより正方形は、苦悶する人間の頭部を象徴しているのだという。流れた涙は水路へと導かれ、訪問者はその流れをたどる形で最奥の展望台へと導かれる。
傾いた状態で宙に掲げられ、今にも丘を転げ落ちそうな不安定な正方形のモニュメント。涙を流す頭部であると同時に、ダム崩壊によって残酷にも裏切られた、人類が信じた合理性への期待を象徴するという。
建築家ペナ氏はウォールペーパーに、「正方形は自然には存在しない。正方形を見たら、人間の存在があるということだ」と語る。「人間は全てをコントロールしていると思っていた。しかしあの日、人間は何もコントロールできなかった」
事故の痛みが建材にも込もる
入口パビリオンのコンクリートには、鉱山廃棄物から抽出された赤い顔料が混ぜられている。ウォールペーパーによると、この顔料は272人を埋め尽くした有毒な鉄鉱石廃棄物から取られた。犠牲者の命を奪った物質が、追悼施設の建材となっている。
この事故では、会社の食堂で昼食中だった鉱山大手ヴァーレの従業員251人と、地元住民21人が犠牲となった。同誌によると、ブラジル最大の労災事故だという。
建築家ペナ氏は同誌に、設計を通じ建築への考え方が変わったと語る。「抗議の手立て、憤りのツールを手がける経験となった。悲劇を消し去ろうとする動きに対し、抵抗の感情が生きる要塞であり、忘却にあらがう場所でもある」
感覚的に興味を惹くデザインの裏に、事故を忘れず繰り返すまいとする強い意志が息づいている。
青葉やまと
フリーライター。1982年生まれ。大手メーカー系企業でのシステムエンジニア職を経て、2010年から文筆業に転身。IT・アートから国際政治・経済まで、幅広くニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『プレジデントオンライン』などに寄稿中。