室町時代に根來寺でつくられた漆器に由来する根来(ねごろ)。木製の土台に黒漆を塗り、さらに朱漆を重ねることで生まれる独特の深みは、時を超えて現代のコレクターらを魅了してきた。その根来の名品を一堂に集めた展覧会が、東京・六本木のサントリー美術館にて開かれている。
そもそも根来とは? 伝来の確かな名品が大集結!
“そもそも根来とは何か”という定義は、意外にも一筋縄ではいかない。13世紀頃、真言宗の大寺・根來寺(和歌山県)では、僧侶たちの日常や儀式の場で使うために、数多くの朱塗の器がつくられていた。しかし、16世紀末に豊臣秀吉の紀州攻めの際に焼き討ちにあうと、同寺は衰退し、朱塗器も失われてしまう。一方で、こうしたいわゆる根来塗は他の地域での寺院でもつくられており、江戸時代以降、根来塗と同じ様式でつくられた朱漆器全般を根来と指すようになった。
これまでにも数々の展覧会で紹介され、根強い人気を誇る根来。同館での根来展は実に1979年以来、46年ぶりの開催となる。今回の展示の特徴は、根來寺が最も繁栄した中世の漆工品を中心に、その前後の年紀をもつ作品や伝来の確かな名品を網羅していること。時代の判定が難しい作品が多い中で、可能な限り制作年代が明らかなものを精選。また根來寺遺跡からの出土資料なども交え、当時の寺院やその周辺の姿を立体的に伝えている。
丸い形を日の丸に見立て、「日の丸盆」として珍重
神酒を捧げる際、二口一対で用いられる『瓶子(へいし)』は、根来で最もポピュラーな器のひとつ。伝来の過程で二口が分かれて所在不明となる場合が多いが、同館とMIHO MUSEUMが所蔵する『瓶子』はもともと一対であったと考えられており、会場にて隣り合わせに並んでいる。また水の守り神を祀る惣社水分神社(奈良県)で使われていた『瓶子』は、現存最古でかつ伝来の分かる瓶子として貴重なもの。大ぶりの注口と、どっしりとした造形が魅力に映る。
『二月堂練行衆盤』とは、東大寺の修二会(しゅにえ)、いわゆるお水取りに参加した僧侶のためのお盆。僧侶は二月堂の下の食堂(じきどう)で正午に一日一回の食事をとるが、その最後に食器類を載せて片付けるのに使われた。展示品は鎌倉時代の作で、長い間使われたことから、盤の中央あたりの朱漆が擦れ、黒漆が露出していることが見て取れる。この風合いを近代の数奇者たちは愛おしみ、丸い形を日の丸に見立て、「日の丸盆」として珍重した。---fadeinPager---
根来が出来上がるまで。制作プロセスを見本で紹介
現代に根來塗の技法をよみがえらせた、池ノ上辰山の『根来塗制作工程見本』にも目を向けたい。ここでは根来が完成するまでの26の工程を、10段階の見本に分けて示している。けやきの素地から朱塗の仕上げまでが並んでいるが、約7割は下地の処理の工程であることが分かる。根来には堅牢な下地づくりが重要で、疎かにすると黒漆の強度が弱くなり、亀裂が入ったりするという。赤と黒のシンプルな美の裏には、緻密な職人の手仕事が息づいている。
一際大きな『唐櫃(熊野速玉大社古神宝類のうち)』は、南北朝時代、熊野速玉大社に天皇や足利義満らによって奉納された神宝のうち十二合の唐櫃のひとつ。収納具の一種で、衣類や文書、また日常の調度品などを納めるために使われていた。のちに朱塗の器は市井の人々にも広まるが、かつてはこのように高貴な人だけが用いることを許された特別な品だった。現在、国宝に指定され、根来の格式と美を伝える作例として知られている。
多くのコレクターが愛した。白洲正子や黒澤明の旧蔵品も公開!
近代に入って廃仏毀釈の影響により、寺院から器が流出するなど、一度価値が忘れられた根来に再び光を当てたのは、柳宗悦をはじめとする民藝運動だった。そして戦後になると「用の美」を体現する存在、または愛でるべき美術工芸品として位置付けられ、多くの根来ファンを生み出していく。本展では、随筆家・白洲正子が惚れ込んだ『四ツ椀』や、映画監督・黒澤明の旧蔵品など、時代を超えて人々を魅了してきた名品も並んでいる。
艶やかで温もりのある赤と、摩耗により顔をのぞかせる黒との対比に目を奪われると、炎や雲のような自然の気配、あるいはどこかで見た風景が立ち現れるようで、思わず引き込まれてしまう。時を経て傷つき、すり減りながらも、ますます味わい深くなる根来の美しさは、人生の歳月と重ねて語られることもあるという。古いのに、モダンにも映る根来の魅力を、サントリー美術館の『NEGORO 根来 ― 赤と黒のうるし』にてそっと体感してほしい。
『NEGORO 根来―赤と黒のうるし』
開催期間:開催中~2026年1月12日(月・祝)
※会期中に展示替あり
開催場所:サントリー美術館
東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階
開館時間:10時〜18時 ※金曜は10時~20時
※1/10(土)は20時まで開館
※いずれも入館は閉館の30分前まで
休館日:火、12/30(火)~1/1(木・祝)
※1/6は18時まで開館
入館料:一般¥1,800
www.suntory.co.jp/sma
はろるど
●アートライター / ブロガー千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。










