時を測るだけでなく、時を創造する。独自の世界観で「時間」を解釈するブランドが小さな腕時計に宿す、飽くなき創造性を探る。今回はエルメスの名作2本から紐解く。
2025年は腕時計の“名作”が改めてフォーカスされた1年であった。そして、名作と呼ばれる腕時計には、一つひとつの物語がある。時代を超えて受け継がれる100本の腕時計、その“物語”を読み解いていこう。
『未来へ受け継ぐ 名作腕時計、100の物語』
Pen 2025年12月号
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創造性のエスプリで、時の概念をデザインする
エルメスのものづくりにおいて、時はなによりも大きい存在だ。レザーをはじめ、用いられる天然素材は時間をかけて育まれ、そこに注がれるクラフツマンシップも熟練に至るまで長大な時間を要する。こうして生み出された製品は、世代を超えて使い続けられる。それだけに時間は重要なテーマであり、だからこそ腕時計も、時間そのものを愉しむ創造性のエスプリがなくてはならないのだ。
独自の時間概念のもと、腕時計は時のオブジェとして存在する。針の動きを止めて「時を保留し、時間を忘れる」機構や、都市を旅するように動くワールドタイマーなど、エルメスならではの時間哲学と発想が随所に息づいている。そしてそれを支えるのが、時計工房エルメス・オルロジェと、ムーブメント専門会社ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエ。両者の協働により専用設計のムーブメントを開発し、製造体制を自ら構築する姿勢にこそ、オリジナリティを追求するメゾンの矜持が表れている。
1. 「アルソー ル タン ヴォヤジャー」
モデル名は「旅する時間」を意味し、文字盤にレリーフの地図を描き、外周に世界24都市の名を記す。時分針を備えたインダイヤルを合わせると、その都市のタイムゾーンを自動表示。ホームタイムは12時位置の小窓で示すワールドタイマーだ。文字盤の地図はエルメスのスカーフ「乗馬の世界地図」のためにデザインされた想像上のもので、大陸名も乗馬にちなむ名称が記される。
2.「アルソー タンシュスポンデュ」
2011年に発表された複雑機構「タンシュスポンデュ」は、9時位置のプッシュボタンを押すと、時分針が12時のインデックスを挟んで止まり、ポインターデイトの針も姿を隠す。「保留された時」の名の通り、静止したように見えるが、この間もムーブメントは正確に時を刻み、再びボタンを押せば針は現在の時刻と日付に戻る。デザインを一新した新作はハーフスケルトンダイヤル越しにムーブメントを望める。

柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカーの広告制作会社でコピーライターを経て独立。時計、ファッション、クルマ、デザインを中心に、広告制作や編集などで活動中。

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