東京オペラシティ アートギャラリーでは、現在、2024年に101歳の生涯を閉じた染色家、柚木沙弥郎(ゆのきさみろう) の展覧会が開かれている。75年におよぶ創作の歩みをたどりながら、ゆかりの地や都市に焦点を当て、自由闊達な造形世界の全貌を描き出す本展の見どころとは?
芹沢銈介の作品に出会い、染色家としてデビュー
1922年、洋画家・柚木久太の次男として東京に生まれた柚木沙弥郎。東京帝国大学にて美学・美術史を学ぶものの、在学中に学徒出陣を経験し、戦後は父の故郷の倉敷へと戻る。そして大原美術館に勤める中で民藝の思想や芹沢銈介の作品に出会い、染色家の道を歩みはじめる。2021年まで毎年新作を出品し続けた国画会への初出品は1949年のこと。翌年には東京へ居を移して、型染の一種である注染技法に取り組んだ。
もとは手ぬぐいや浴衣などに使う小幅な布を染める技法である注染。通常は幅35センチほどの布を横向きに折りたたんで染めるが、柚木は幅80センチ以上の幅広い布を縦向きに折りたたんで染めるアイデアを思いつき、作品制作へと取り入れる。そしてこの「広幅注染」は、洋服やカーテンといった染布の用途の可能性を広げ、注染の伝統を現代へとつなげることに成功した。
版画や立体造形、絵本といった多様な表現にも注目!
初期の代表作である『幕』とは、型染めした布を2枚縫い合わせ、棒を通してのぼり旗のように立てられるもの。黒地に白く染め抜かれた模様は、円や台形などのかたちで構成され、布いっぱいに散りばめられている。抽象と具象をはざまを行き交うような造形が魅力だ。一方でカラフルな『小鳥』は、文字通り小鳥のパターンを繰り返し、豊かな色彩へと還元。生命感のあふれる模様と色彩を見事に調和させている。
「ワクワクしなくちゃ、つまらない」。そんな言葉を残した柚木の型染布に囲まれると、自然と心が浮き立ち、祝祭の気配さえ感じられるが、本展では染色だけでなく、版画や立体造形、絵本といった表現にも光を当てている。なかでも児童劇作家・村上亜土の遺作『トコとグーグーとキキ』は、未発表原稿をもとに2004年、柚木が挿絵を描いて絵本として刊行。会場では、絵本原画やアダンの葉で編んだキキ、指人形『町の人々』などを見ることができる。---fadeinPager---
柚木がゆかりの地や国内外の旅先で描き、見たものとは?
作家ゆかりの地や柚木の旅にまつわる作品や資料を集めた展示にも注目したい。染色家として柚木が活動をはじめた頃は、日本各地で民芸館が開かれた時期と重なる。よって民藝運動と関わりの深かった彼は、民藝にゆかりのある町を中心に多くの土地を旅した。最初の重要な地は、民藝と出会った場である岡山県。柚木の手掛けた「大原美術館」ロゴマークの印影や、『倉敷レイヨン連絡月報』の表紙型染原画などが展示されている。
憧れの詩人、宮沢賢治の故郷の岩手県も、柚木が深く関わった土地のひとつ。1969年に盛岡市にある光原社から童話集『注文の多い料理店』の絵葉書の制作依頼を受けると、その世界観を柚木は型染にて情緒豊かに表現。さらに光原社の及川隆二と深く親交し、1975年以降は自身の展覧会も数多く開いていく。またヨーロッパなどの海外で描いたスケッチブックや、柚木が愛蔵していたメキシコの民芸品といった各国の品々も見どころといえる。
晩年になっても失われることのない創造へのエネルギー
2010年代以降、度重なる大災害やパンデミックなどの困難が続く時代のなかで、柚木の作品はますます自由に、そして輝きを放っていく。シリーズ「旗じるし」には、「自分といういのちを肯定し、そのことを明確に宣言しながら生きる」という思いが込められている。それは逆境を生きる現代人へのエールであり、表現者として掲げる生命への賛歌でもあるという。晩年の柚木が失わなかった創造への意志とエネルギーが、画面からほとばしるように伝わってくる。
ラストを飾る紙によるコラージュは、亡くなる2ヶ月ほど前に制作されたもの。「染色は使える色が限られるけど、コラージュは色が自由に使えて楽しい」と語った柚木は、愛用の小刀を手に、お気に入りの包装紙を利用して7つの作品を生み出した。会期の初めから若い世代を中心に人気を集め、連日賑わいを見せる本展を前にすると、柚木の作品が時代を超えて人々の心を捉えていることが強く感じられる。そのおおらかでよろこびに満ちた世界を、ぜひ会場で感じてほしい。
『柚木沙弥郎 永遠のいま』
開催期間:開催中〜2025年12月21日(日)
開催場所:東京オペラシティ アートギャラリー
東京都新宿区西新宿3-20-2
開館時間:11時〜19時 ※入場は18時30分まで
休館日:月 ※ただし11/24は開館、翌火曜日の11/25は休館
観覧料:一般 ¥1,600
https://www.operacity.jp/ag/
はろるど
●アートライター / ブロガー千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。






