「普通の生活」をたたえるために、アートを徹底活用する表現者【現代アーティスト・松田将英】

  • 写真:川谷光平
  • 文:山内宏泰
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Shōei Matsuda●1986年生まれ、静岡市出身。2010年代から匿名メディア・アクティビストとしてインターネット上で表現活動を開始。19年より実名にて活動。テクノロジーを利用し、詩的表現をつくる「テクノイマジネーション」を標榜している。

六本木に新しくできたギャラリースペース「エディット ルーム(Edit Room)」 で、柿落としの個展を担う松田将英(11月1日まで)。『?』という展覧会名の通り、その内容は謎めいている。会場となるギャラリーが入居するビルは灯りがすべてが明滅し、建物全体が異世界感を漂わせる。1階の展示スペースに入ると、そこにはポツリと自動販売機が。実際に買い物できるが、なにが出てくるかはシークレット。会場を訪れた者は戸惑うことになるだろう。これってなに? これもアートなの? と。そう思わせた時点で、作家・松田の目論見は、既に達成されているようだ。

「空間や街と自分の波長を合わせたかったので、寝袋とパジャマを持参して会場に泊まり、通行人をよく眺めていました。ここでどんな人が暮らし、働き、遊びに来るのか? と。ギャラリーを訪れる多くの人は、作家やギャラリーとつながりがある『アートファン』がほとんどですが、今回は生活者を無視したくなかったので。それでみんなに身近な自販機を作品として設置することにしました。展示内容は、六本木的な匿名性や欲望などをテーマにしています」

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『Ripples』(2021年) 松尾芭蕉の俳句に想を得て、水面の反射を利用して五輪のシンボルを完成させるインスタレーション作品。

既存の流儀や権威をいったんリセットし、アートの枠組み自体をゆさぶりながら表現する。それが松田のいつものスタイルだ。

10代の頃から音楽やデザインなどさまざまなかたちで表現を続けてきた松田は、2010年代、匿名のメディア・アクティビストとして独自の活動を始める。他者のツイートを収集・発信する当時のツイッターアカウントは、物議を醸しながらも先駆的な取り組みとして大きな話題を呼んだ。

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コンサルティングなどで用いられる思考スキームや、スピリチュアル、オカルトの図を自作の図表につくりかえ、コンセプト資料に。

2019年以降は、松田将英名義で作品を発表するようになる。ギャラリーや美術館などの展示空間で、アートのフォーマットに則って展示することも多くなったものの、作品が整然と並ぶような空間づくりはしない。まるでアートに擬態してなりすまし、他ジャンルとアートを混ぜ込み、境界をなくそうとしているかのようだ。

たとえば過去の代表作のひとつ『Bashō Sampling』。松尾芭蕉ゆかりの宮城県多賀城市各所に、俳句や短歌を掲げるというプロジェクトで、歌の言葉はグーグルマップのレビューからサンプリングされたもの。誰にとってもごく身近な素材を用いて、詩歌というハイカルチャーを成立させようとする試みだった。

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『Bashō Sampling』(2024年) グーグルマップのレビューから得た俳句や短歌によって新しい歌枕をつくるプロジェクト。

また「The Laughing Man」シリーズは、インターネット空間でお馴染み「笑い泣き」の絵文字を、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもと巨大バルーンやキーホルダーのようなグッズ、さらにはNFTにして展示や販売をした。日常で当たり前のように使われている記号に改めて光を当てることで、現代の感情表現のあり方までも考えさせる作品となっている。

『Ripples』では先の東京オリンピック開催時に、五輪マークの半分を水上に設置した。水面の反射を利用しマーク全体を完成させるインスタレーションだった。分断された世論の存在や、ものごとには表層と不可視の深層があることを、ひとつのオブジェで鮮やかに表現したのだった。

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『The Big Flat Now』(2022年) スマホから飛び出したお馴染み「笑い泣き」絵文字を巨大なバルーンに仕立ててみせた作品。

「制作する時には、意識的にアート的な形式を取り入れています。でも、それはあくまで形式を借りているだけ。アートの世界の価値観に染まるつもりはないんです。本当に表現したいのは、もっと普通の生活や生活者をたたえるようなことなんです」

時代や社会、自己の立ち位置を徹底的に批評しながら創作に打ち込む姿は、どこか20世紀を生きたアート界のビッグネームを彷彿とさせる。既製品を作品に見立て「レディ・メイド」という概念をつくり、現代アートを創始したマルセル・デュシャン。または大衆文化を取り入れポップ・アートを推し進めたアンディ・ウォーホル。松田の活動は、彼ら先人の築いた道を歩くものに見える。

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PICK UP

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『The Laughing Man』シリーズ 1990年代に日本で発明された絵文字の中で最もポピュラーな「笑い泣き」イメージを、松田はさまざまな作品やプロジェクトに昇華させてきた。最新作では写真作品へ展開。

PERSONAL QUESTIONS

愛読書は?

『若き古代』(木戸敏郎著)。師である武邑光裕先生のさらに師にあたる、元国立劇場演出室長による大著。西洋との比較を通じて、日本文化の原理を浮かび上がらせています。

好きな漫画家は?

手塚治虫。特に『火の鳥』は幼少期に母から与えられ、何度も繰り返し読みました。壮大な時間軸で展開する生と死をめぐる物語は、いまなお創作の原点となっています。

尊敬する人は?

詩人の谷川俊太郎さん。詩の朗読イベントによく通っていました。ご本人が自身の作品、『闇は光の母』を朗読された時は、思わず涙してしまいました。

感動した風景は?

伊勢神宮と出雲大社の式年遷宮が重なった2013年、両方の儀式に参加しました。出雲大社では儀式の最中だけ雨が降り、前後は深い夜の闇。あれほど劇的な光景はほかにありません。